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あらすじ

登場人物
化島幸江(二十五)
 大手化学企業のケミカルエンジニア。
 父が工場での労災で両足を失ったため、安全なプロセスを考えることに情熱を燃やしている。
 負けん気の強い、活発な女性。

安本健太郎(二十五)
 幸江と大学時代に同じ研究室だった友人。
 造り酒屋「やすもと」の一人息子。
 新しい酒を造る方法を幸江に相談する。
 気が弱く、すぐ人に頼る性格。

安本健蔵(六十)
 健太郎の父。
 代々続く造り酒屋「やすもと」を守っている。

あらすじ
化学企業の工場で作業中の化島幸江。
上司にリーダーが呼んでいると言われ、走っていくと会議が始まるところだった。
会議では幸江の検討した新しいプロセスの話にもなったが、やはりいままで通りのプロセスでいいから早く作ろうという話で終わる。
幸江は自分の考案した新しい方法の方が作業者が安全に作業できると主張するも、安全だけで儲からないプロセスはだめだと言われる。
外に出て、「安全は研究、生産に優先する」というスローガンが書かれた看板を蹴飛ばす。

夜、幸江は友達の安本健太郎と飲みに行って愚痴る。
健太郎は、幸江の情熱があれば一人でも化工屋として面白いアイディアを出してやっていけるから会社をやめたらと言う。
健太郎は大学時代の友人で、実家(造り酒屋)で働いている。
幸江は独立するというアイディアに心を惹かれたが、父との二人暮しであることを考えると収入が不安定になることが心配だった。

 家に帰った幸江は思わず父にも文句を言ってしまう。
八つ当たりしたことを反省していると、健太郎から電話がかかり、実家の造り酒屋の近くにライバルの造り酒屋『酒鬼』が出来たから、もっとおいしい酒を造る方法を考えてくれないかと頼まれる。

『酒鬼』の酒はおいしいと評判だったが、幸江はその酒が『超音波酒』という特別な方法で造られたものだと見抜く。
さらに、幸江は酵母に音楽を聞かせ、振動で酵母を活性化させる方法を提案する。それにより、超音波酒と同じ味の酒を造ることが出来る。

しかし、健太郎の父、健蔵がその酒ではだめだと言う。
機械を使った新しい作り方が気に入らないのだと思った幸江は怒るが、父は同じ味では規模の大きな工場で作る酒に値段で対抗できないと説明する。

会社で言われた新しいだけじゃだめだとという言葉を思い出す幸江。企業はお金儲けをするもので慈善事業じゃない。だから、儲かるプロセスが必要。簡単で安全。新しいとか古いとかはどうでもいいことだ。珍しいプロセスで生産することに何の意味もない。

幸江は五日間の時間をくれるようにお願いする。今度こそ、健蔵の気に入る酒を造れる方法を考えると約束した。

そして期限の日に、ある機械を使って作ったお酒を健蔵に飲ませる。
一口飲んで、感激する健蔵。
おいしいという言葉を聞いて安心した幸江は倒れる。疲れ果てていた。

 数時間寝て目を覚ました幸江は健蔵と健太郎に新しい装置の使い方と原理を説明する。
 「超音波霧化分留装置」というもので、非加熱で酒を蒸留でき、清酒の風味を伴いつつも、焼酎のような口中への当たりの強さがある酒を作り出すことができる。

 幸江はみんなが幸せになれる夢のプロセスを考案するべく再び会社で働き始める。

造り酒屋「やすもと」は幸江の考案した酒を「幸」という名前で売り出す。

END

ケミカルエンジニア さっちゃん

◎ある化学企業の工場
  化学工場内の研究施設であるパイロットプラント。
ケミカルエンジニアの化島幸江(二十五)が重合リアクターのフランジのボルトを締めるため、大きなメガネレンチをボルトに当て、力いっぱい閉めている。
彼女の周りにはいろいろな種類のリアクターが並んでいる。
幸江「うー、かったーい。グリース足りないんじゃないのこれ」
  奮闘していると上司に呼ばれる。
上司A「おーい、化島君。リーダーが呼んでるよ」
幸江「えっ、リーダーが? 何かしら……、あっ、そうだ。技術検討会だったわ。忘れてた」
  急に焦り始める幸江。
幸江「はーい、すぐ行きます」
  
◎会議室
  幸江が資料を抱えて、入ってくる。息を切らしている。
  申し訳なさそうに頭を下げながら席に着く幸江。
研究室長「汎用ポリマー『TORAN』の能増プロジェクトの件、新プラントを建てることを社長会議で承認をもらった」
幸江N「やった。新プラント建設だわ。私たちケミカルエンジニアの出番ね」
研究室長「それで、プロセスをどうするかということで、プロセス研究チームの諸君にいろいろ検討してもらったが、現在と同じプロセスのプラントをもう一ライン造ることになった」
幸江「なつ!」
研究室長「新しいプロセスを採用するのはやはり実績がないからリスクを伴う。データの蓄積された現行ラインを増やすのがいいだろう」
幸江「ちょっと、待ってください。新プロセスは私たちが一年かけて検討して、データは十分あります。現場の人がより安全に作業できるように改良したのが新プロセスなんです。同じプロセスが増えるだけでは、現場の人たちの危険を増やすだけですよ」
研究室長「安全? それがどうした、会社は利益を出してなんぼ。現行プロセスより建築費が高くて利益も上がらないような新プロセスは何の役にも立たないんだよ」
幸江「安全度が上がる事だって、立派な利益じゃないんですか?」
研究室長「会社にとっての利益とは生産性があがることだけだ。お前らは安全のことなど考えないで、効率のいいプロセスだけを考えろ」
幸江「……」

◎会議室のある建物の外
外に出た幸江は、「安全は生産に優先する」というスローガンが書かれた看板を蹴飛ばした。

◎居酒屋(夜)
夜、大学時代、同じ研究室だった仲間の安本健太郎と飲みに行って愚痴る。
幸江「安全なんてどうでもいいなんて……。一年もかけて検討したプロセスをバカにして……」
  かなり酔っている幸江。
安本「実家の造り酒屋に就職した僕にはあまり分からないけど、我慢するしかないんじゃない? 会社が大きくなればなるほど思い通りになんてできないよ」
幸江「思い通りにしようと思ってるわけじゃないわよ。現場の人に安全なプロセスで製品を造って欲しいだけ、危険を伴う作業をドキドキしながらするなんて絶対だめ、だめなんだから……」
安本「理想を実現させたかったら会社を辞めてみたら?」
幸江「えっ?」
安本「さっちゃんは優秀な技術者なんだから、独立して、小さな企業のプロセスを安全に変えていくフリーの化工屋(化学工学屋)のような仕事をしてみたらいいのに」
幸江「面白そうだけど、安定した収入が得られないだろうしねえ……」
安本「へえ、さっちゃんて意外に堅実派なんだね」
幸江「ま、まあね」
  何かを思い悩むように答える幸江。

◎幸江の家(夜)   
  酔いつぶれて帰ってきた幸江を出迎える父。
  両足のない父は車椅子で移動してくる。
幸江「遅くなってごめん。いまから晩ご飯作るね」
父「いやいんだ。今日は体調がよかったから自分で作って食べたよ」
  とニコニコしながら言う。
幸江「いつも笑ってばかりだね。父さん……」
父「えっ?」
幸江「だってそうでしょ、工場の切断機に足を挟まれてそんな姿になったのに、どうして会社を恨んだりしないの? どうして訴えてやろうとか思わないの?」
父「仕事を与えてもらったから給料がもらえて、お前を育てることができたんだよ。恨めるわけないさ」
幸江「違う。父さんは勇気がないだけ。大企業に歯向かったってどうせ何もできないって諦めてるのよ。だから、そうやってニコニコして自分の気持ちをごまかしてるのよ」
父「……どうしたんだ、幸江。会社で何かあったのか?」
幸江「何にもないわよ」
  そう叫んで、二階の自分の部屋に駆け込む幸江。

◎幸江の部屋
  ベッドに寝転がる幸江。
幸江N「私何やってるんだろ……。イライラして、人にあたって……。ほんと最低だわ」
  ため息をついた時、携帯電話が鳴る。
幸江「はい、もしもし……、ああ、安本君、さっきはごめん、いろいろ愚痴言っちゃって……で、どうしたの?」
  安本の話を聞く幸江。
  真剣な内容に顔色が変わる幸江。
幸江「分かったわ。明日の朝、そっちに行くわ……、大丈夫、大丈夫。会社なんて、年休使って一週間くらい休んでやるわ」

◎安本の車の中
  安本は駅まで幸江を迎えに来ると実家へ車を走らせる。
幸江「あんたの家の近くにできた蔵元の『酒鬼』ってそんなにおいしいお酒を作っているの?」
安本「値段は高くないのに高級酒のようなまろやかな味なんだよ。それに、飲みやすくてたくさん飲んでも二日酔いにならないって評判で、うちの酒はまったく売れなくなっちゃったんだ」
幸江「そんなにすごいお酒なんだ……、ちょっと楽しみ」
安本「何のんきなこと言ってんるんだよ。酒が売れないせいで父は過労で倒れて……、もう、どうしたらいいか分からないんだよ。とにかく、一緒に『酒鬼』以上においしい酒を造る方法を考えてくれよ」
幸江「はい、はい。わかってますって……」

◎造り酒屋『やすもと』
  幸江は、うまいと評判の酒鬼の「鬼の舞」という酒を飲んでみる。
幸江「なるほど、このまろやかでマイルドな味わい。そして、酔い心地の軽やかさ……、とても自然の製法では出せない味。間違いないわ」
安本「何が間違いないの?」
幸江「これは超音波酒よ」
安本「超音波酒? 何それ」
幸江「あんたも化学工学科出てるんだったらそれくらい知ってなさいよ。超音波酒っていうのはね。酒造りの最終段階で酒に超音波の振動を与えたもののことよ」
安本「超音波で酒の味が変わるの?」
幸江「重要なのは振動を与えてやること。お酒は水とアルコールの分子が混ざり合ったもの。お酒の味の基本的な部分はクラスターと呼ばれる水の分子とアルコールの分子との結合の仕方で決まるの。だから、お酒に振動を与え、クラスターを破壊細分化してやると、アルコールの分子を細かく包んでくれる。それによってアルコール分子の舌への刺激を抑えてまろやかな味わいを感じさせるのよ。それに、アルコールを水が包んでくれているんだから、吸収しやすくて悪酔いしないのよ」
安本「そうなんだ……」
幸江「振動を与えるってことは、船倉で揺らされる大航海ビール、たらいに揺られる佐渡のたらい酒と同じ原理ね。一升瓶に入れた酒をじゃぶじゃぶとゆっくり十分以上振ってみたらわかるわ、必ずまろやかな味になるから。振ったときに出来た泡がはじけるとき微量だけど超音波が出てるのよ」
安本「へえ、へえ、へえ……」
幸江「超音波酒は従来の酒造りでは不可能だった新酒の鮮度と古酒の熟度を両立させた画期的なお酒、売れるのは当たり前ね」
安本「じゃあ、僕らも出来た酒に超音波を当てれば、『鬼の舞』と同じ味が出せるんだ」
幸江「でも、もっといい方法があるわ」
安本「えっ、なに、なに……」
幸江「準備するから手伝って」

◎『やすもと』の酒蔵
  幸江が安本に向かって言う。
幸江「じゃーん、これが新プロセス。名づけて『クラシックがお酒き』」
  発酵中のタンクの上にスピーカーがセットしてある。
安本「さっちゃんてネーミングのセンスはないね……。で、このスピーカーでどうしようっていうの?」
幸江「スピーカーからクラシック音楽を流して、酵母に聞かせるのよ。微弱な振動によって酵母の活性が上がって、発酵時間を短縮することができるわ。それに、振動による脱気作用で、溶存二酸化炭素が削減されるから品質も向上するの」
安本「野菜を育てるのに音楽を聞かせると早く育つって聞いたことあるけど、それと同じようなこと?」
幸江「まあ、ちょっと違うけど、そんなところ。とにかく、この方法を使えば『鬼の舞』と同レベルのまろやかな味は出せるわ」
安本「ありがとう、さっちゃん。ほんとに助かったよ。これで酒鬼の奴らにぎゃふんと言わせてやる。しっしっしっ」
  安本が笑っていると突然声が聞こえる。
健蔵「お前ら、ここで何をやっている」
  声の主は安本の父健蔵。
安本「ああ、父さん。寝てなくて大丈夫なの?」
健蔵「そんなことは、気にするな。それより、何をやっているのかと訊いているだろう」
安本「さっちゃんに、おいしいお酒を造る方法を考えてもらったんだよ」
健蔵「なるほど……。で、その音楽を聞かせるというのが方法か?」
安本「うん」
健蔵「ふ、くだらんな。何の価値もない方法だ」
幸江「ちょっと待ってよ。どこがくだらないのよ。せっかくあなたたちのために考えたのに。あ、わかった。機械を使うような方法が気に入らないんでしょ。酒造りは伝統を守らないといけないっていう古い考えがあるから素直に新しい方法を受け入れられないのよ」
健蔵「先入観にとらわれているのはあんたの方だ。俺はいい酒が出来ればどんな方法でもいいと思っている」
幸江「ならどうして文句を言うのよ」
健蔵「その方法は俺も考えたんだよ」
幸江「……」
健蔵「でも、だめなんだ。その方法じゃ、所詮『酒の舞』と同じ味しか出せん。うちの蔵は小さいが向こうは大きな蔵で大量生産している。同じ味が出せても値段で負けるんだよ。結局、売れないことには変わりないってことさ」
幸江「そ、そんな……」
健蔵「あんたは思いついた目新しいアイディアを自慢したいだけだ」
幸江「……」
健蔵「私たちのためだと言いながら、自分はすごいんだと陶酔しているナルシストなんだよ。私たちの幸せなんてこれっぽっちも考えちゃいない」
  健蔵の言葉に衝撃を受ける幸江。
安本「父さん、ちょっと言いすぎだよ」
幸江「いいのよ」
  安本を止める幸江。その目はやる気に満ちている。
幸江「一週間、いえ、五日ください。必ず健蔵さんが満足してくれる方法を考えてみせます」
健蔵「まあ、待つのはかまわんが。どうせ、意地になっているだけだろう。期待しないで待っているよ」

◎造り酒屋「やすもと」の外
  立ち去ろうとする幸江を引き止める安本。
安本「待ってよ、さっちゃん。何かアイディアでもあるの?」
幸江「ないわ……でも、必ず何とかするから」
  それだけ言って再び歩き出すが、振り返って言う。
幸江「そうだ、この辺に大きな酒屋さんある?」
安本「あ、あるけど……」

◎ディスカウント酒店『森野』
  店で忙しく働く幸江。
  安本が訪ねてくる。
安本「さっちゃん、ここで働いてたんだ」
幸江「ただ働きだけど、ちょっとお勉強のためにね。ねえ、安本君も何か買っていかない。久保田もあるわよ」
安本「ごめんね、さっちゃん。変なこと頼んで。本当は僕が考えないといけないのに……。ほんとに、ごめん」
幸江「あら、珍しくいじけてるじゃない。でも、あやまるのは私の方。健蔵さんの言葉で目が覚めたわ。働いている人たちはみんな、家族のために命がけで仕事をしている。だから、私はそれに答えられるだけのプロセスを生み出さないといけない。新しいとか古いとかなんてどうでもいいこと。皆が幸せになれる夢のプロセスを考案する。それが私のやるべきこと」
安本「さっちゃん……」
幸江「明日が宣言した五日目ね。必ず健蔵さんを納得させるお酒を造ってみせるから待ってて」

◎造り酒屋『やすもと』
  健蔵と安本が幸江を待ちながら話をしている。
  時計を見ると、もう夕方の五時を過ぎていた。
健蔵「あの小娘、逃げたんじゃないのか?」
  むっとした安本が言う。
安本「さっちゃんは、そんな人じゃない!」
  むきになっている安本を見て健蔵が言う。
健蔵「ほう、惚れているのか?」
安本「(照れながら)違うよ……。とにかく、さっちゃんは言ったことは必ず実行するよ」
  そのとき、声が聞こえる。
幸江「こんにちは……」
安本「さ、さっちゃん」
  疲れきった様子の幸江に気が付き言う。
安本「体調悪そうだけど大丈夫?」
幸江「心配ないわ。約束どおりちゃんとお酒造ってみせるから蔵で少し作業させて」
安本「父さん、ちょっと蔵使ってもいいよね?」
健蔵「勝手にしろ」
安本「じゃあ、行こう」

◎造り酒屋『やすもと』の蔵
  蔵で安本に持ってきた装置を見せる幸江。
安本「こ、これは……?」

◎健蔵の部屋
  数時間かけて造った酒を健蔵に渡す幸江と安本。
幸江「これが新しい酒です。どうぞ、飲んでみてください」
  何も言わず、注がれた酒に口を近づけ香りを嗅いで何かに気が付く健蔵。
そして、口をつける。
  一瞬で顔色が変わる。
健蔵「な、なんだ……? 清酒の風味を伴いつつも、焼酎のような口中への当たりの強さがある……」
幸江「そりゃそうよ。アルコール濃度が二十五%なんだから」
健蔵「なんだって、二十五パーセントって言ったら、普通の清酒より十%以上も高い。蒸留してもそんなに高濃度になるわけないのに……。どうやってこれを?」
幸江「方法を教える前に、お酒の評価を聞かせて頂戴。私は酒屋でバイトをして、『鬼の舞』のようなさっぱりとした飲み心地のお酒と同じくらい焼酎のような淡麗辛口のお酒も売れていることが分かったわ。だから、清酒のような味わいがありながら、焼酎のような辛さを持ったお酒を造ってみたの。どうかしら?」
健蔵「正直言って……、これは、うまい。最高の酒だ。どこへ出しても恥ずかしくない」
幸江「そ、そう。よかった……」
  それだけ言って、幸江は倒れる。
安本「さっちゃん……」
  駆け寄る安本。

◎造り酒屋『やすもと』の居間
  布団の中で目を覚ます幸江。
幸江「う、うーん」
  起き上がって辺りを見回すが、誰もいない。
  健蔵と安本を探しに蔵に歩いていく。
  蔵に行くと安本と健蔵が幸江の取り付けた装置を眺めていた。
安本「さっちゃん、体調はどう?」
幸江「少し寝たらすっきりしたわ。ありがとう」
健蔵「疲れているところ悪いが、装置の使い方を教えてくれないか?」
幸江「それは、超音波霧化分留装置。液体に超音波の振動エネルギーを与え、液面や液内部に周波数固有のキャピラリ波(毛細表面波)やキャビテーション(空洞現状)を発生させることによって、液面に無数の毛細表面波をつくって、液体の表面張力を減少させて、規則的分裂を行う装置」
  何がなんだか分からない様子の安本と健蔵。
幸江「簡単に言ってしまえば、超音波により液の表面張力を減少させて霧にするっていうこと。普通の蒸溜は気化するための高温、液化のための冷却などの操作が必要だから多くのエネルギーを消費するでしょ。でも、これだと液を超音波霧化しミストを生成して回収するだけだから、非加熱で蒸溜ができるのよ」
健蔵「非加熱だから、香りが醸造時と変わらず、苦みや焦げ臭もないのか」
幸江「酒に超音波を当てて発生してきた霧を風で移動させて冷やすだけのプロセスだけど、結露した酒のしずくはアルコール分と低沸点香気成分の濃度が高まるの。焼酎との最大の違いは、発生した霧中へ酒からのエキス(糖、有機酸、アミノ酸、核酸関連物質など)が移動するってこと。霧はアルコールの純粋な液滴になるわけではないの。だから、出来た酒はエキス由来の「味」を持つのよ。単にアルコール添加を過大に行った酒とはまったく違うわ」
安本「これなら『酒鬼』が出してるのとは違った種類の酒として販売できる」

◎造り酒屋『やすもと』の玄関
  帰ろうとしている幸江に安本が話しかけている。
安本「ねえ、さっちゃん」
幸江「何?」
安本「ここに残って酒造り手伝って欲しいんだけど……だめかな?」
幸江「ごめん、私やっぱり会社は辞められないわ。それにこの蔵は安本君が守っていかなきゃだめよ。健蔵さんだってそれを期待してるはずよ」
安本「そうだね……。父はさっちゃんにお礼も言わなかったけど、きっと恥ずかしくて言えないだけですごく感謝してると思う」
幸江「わかってるって」
安本「いろいろありがとう。さっちゃん。僕がんばるよ」
  笑顔で去って行く幸江。

◎造り酒屋『やすもと』の居間
  幸江を見送った安本が来る。
健蔵「おい、健太郎。あの酒の名前、決めたぞ」
安本「えっ?」
  名前を書いた紙を見せる健蔵。
  それを見て笑顔になる安本。
安本「へえー、いいんじゃない」

◎幸江の家
  約一週間ぶりに帰ってきた幸江を出迎える父。
父「旅行でも行っていたのか?」
と笑顔を見せながら言う。
  わっと泣き出して父に抱きつく幸江。
幸江「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
父「お前はまだ若い。いろんなことに疑問を持って、悩んでいいんだよ」
幸江「私、働いてる人みんなが幸せになれるプロセスを考えられるようにがんばる」

◎ある酒屋
  造り酒屋「やすもと」の『幸』という名前のお酒が並んでいる。

END