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あらすじ

 
 リフォーム会社の社員、山口正人は職場でひどい嫌がらせを受けていた。
 気弱な彼は、誰にも相談できず疲れ果て、ビルから飛び降り自殺しようとしていた。
 
 下条沙耶香という女性に自殺を止められ、話をすると彼女は、嫌がらせをしている犯人を筆跡鑑定で特定してやるという。
 彼女はそのビルの筆跡鑑定事務所で働いているギャンブル好きの筆跡鑑定人だった。

 手がかりはジャンパーに残された「0-157 感染者」といういたずら書きだけだった。
 しかも、文字はほとんど洗い落とされている。

 沙耶香は職場の人の文字とジャンパーの文字を比べて手がかりをつかもうとするが、なかなか思うような結果が得られない。
 期限の三日が過ぎても犯人を特定できない。
 しかし、正人から集金の最少額は100円だという話を聞き、ある人物が書いた「6」という文字が実は「0」だと気がつく。
 「0-157」の「0」にも同じ特徴があったことから、犯人が「0」を「6」のように書く人物だと推測する。

 沙耶香と正人は、「0」を「6」と書く癖のある課長と話をすると彼は自分が犯人であることを認める。

沙耶香の筆跡鑑定日記

本文
◎リフォーム会社の事務所
伝票に数字を記入する社員たち。
  上田正人が外回りから帰ってくる。
机に戻るとA4の紙が一枚置かれている。紙にはドクロマークが動物の血で書かれている。
  はっとして周りを見回すが、全員が机に向かって作業をしているだけ。
正人N「またか……」
  正人はため息をつきながら、紙を丸めてゴミ箱に捨てる。
  席に座る正人。
正人「ひっ!」
  飛び上がって座席を触る。ぐっしょりと濡れている。

◎リフォーム会社の駐車場(夜)
  仕事を終えた正人が駐車場を歩いている。表情は冴えない。
  何かに気がついて車に駆け寄る。
  車まで来たところで、驚愕の表情に変わって、
正人「ひどい。新車なのに……」
  フロントガラスとサイドガラスがすべて割られていた。
  車内を覗くと、カーステレオ、カーナビがめちゃくちゃに壊されている。何かで殴られた様子。
後部座席に置いてあった革ジャンを持ち上げる。背中の部分に「O‐157 感染者」と太いマジックで書かれていた。
正人「うわああ……」
ジャンパーを投げつけて泣き出す正人。

◎あるビルの屋上
  正人が端に立って下を眺めている。あまりの高さにごくりとつばを飲み込む。
  手足が震えている。
目を閉じ、飛び降りようとした瞬間に、声が聞こえる。
沙耶香「三着かよー。サンダーオウ」
  驚いた正人が声の主を探す。
  すると、若い女性がハンモックに揺られながらイヤホンでラジオを聴いていた。
  手には競馬新聞を持っている。
正人「あんた誰?」
沙耶香「それはこっちの台詞よ(サングラスを取りながら)」
  美しい顔に似合わない口調の荒さにびくりとする正人。
沙耶香「ここは、うちの筆跡鑑定事務所があるビルよ。勝手に飛び降り自殺なんかしないでくれる。評判悪くなるじゃない」
正人「だって……」
沙耶香「だってじゃない。飛び降りるなら隣のビルにして。向こうのほうが高いから死ねる確率が高いわよ。より確率が高いほうを選択する。ギャンブルの基本」
正人「はあ……」
沙耶香「じゃあ、そういうことで」
  再び競馬新聞を読み始める沙耶香。
正人「ちょ、ちょっと待ってください。自殺を止めないんですか?」
  しかめっ面をする沙耶香。
沙耶香「世の中には死ぬほどつらい目にあっても、それを克服し生きようとしている人間がたくさんいるわ。わたしは生きようとする人間は助けるけど、死のうとする 人間は助けない主義なの」
正人「そうですよね。僕は弱い人間だ。父のようにはなれない……」
  正人の言葉にはっとする沙耶香。
沙耶香「父のようってどういうこと?」
正人「僕は大学卒業後、父の経営するリフォーム会社に就職させてもらったんです。楽をできると思ったからじゃありません。家族のために苦労を続けてきた父を少しでも助けたかったからなんです」
沙耶香「……」
正人「でも、だめでした。仕事はうまくいかないし、職場ではいじめられる。父を助けるどころか足を引っ張っているんです。情けなくて、もうこれ以上生きたくないんです」
沙耶香「父親には相談したの?」
正人「父に相談すれば、職場を変えてくれるでしょう。でも、きっとまた同じことの繰り返し。結局、父に迷惑をかけるだけです」
沙耶香「なんて弱虫な人なの。仕事なんて慣れよ。続けてればうまくできるようになる。いじめは、相手にはっきりやめてと言いなさい。どうせ何も言ってないんでしょう。だ から、相手もつけ上がってエスカレートするのよ」
正人「誰がいじめの犯人か分からないんです」
沙耶香「分からないの? それは困ったわね。じゃあ、いじめの内容を教えて」
  正人はこれまであったいじめの内容を説明した。
正人「車も同じ犯人なんです。車上荒らしなら金に換えられそうなものは持っていくはず。でも、壊すだけ壊して、何も取られていなかったんです。それに、ジャンパーに落書き がされていたし」
沙耶香「その落書きってまだ残っている?」
正人「今着ている革ジャンなんです。洗ったのでほとんど消えてますが、うっすらとは残っていますよ」
沙耶香「見せて」
  脱いで渡す正人。
沙耶香「本当にうっすらね。でも、高感度写真ならなんとかなるか」
正人「どうするんです?」
沙耶香「犯人をみつけるのよ。筆跡鑑定でね」
正人「そんなの不可能ですよ」
沙耶香「どうして?」
正人「だって字はほとんど消えているし、それにもし、犯人を特定できたとしても僕、相手に何も言えません。怖いんです。やっぱり死ぬしかないんです」
沙耶香「もう、だらしないわねえ。三日待ちなさい。三日たっても犯人を特定できなかったら、そこから飛び降りて死んだらいいわ。でも、犯人を特定できたらその相手にはっきり『やめろ』という。これでどう?」
  正人をにらみつける沙耶香。
正人「わ、わかりました」
沙耶香「あんたは、今すぐ会社に戻って社員の文字、出来れば数字をコピーして来て」
 階段へ向かう沙耶香に向かって正人が言う。
正人「お、お金は幾らかかりますか? あんまり高いのは……」
沙耶香「これはあなたとわたしのギャンブル。わたしはプライド。あなたは命を賭けた。それ以外になにも必要ないわ」
立ち去る沙耶香。
正人「あの人、死のうとしている人は助けないって言ったのに……」
  やさしい笑顔になる正人。

◎下条筆跡鑑定事務所
  顕微鏡を覗く明仁に沙耶香が近づく。
沙耶香「父さん。ちょっと機器を借りるね」
明仁「仕事の依頼を請けたのか? ちゃんとお金をもらったんだろうな」
沙耶香「元警視庁の文書鑑定科長が細かいこと言わないの。退職金も年金もがっぽりもらってるんでしょ」
 しばらく見つめ合う二人。
明仁「(ため息混じりに)好きにしなさい」
沙耶香「そりゃ、どうも」
 機器のある部屋に歩いていく沙耶香。

◎ リフォーム会社の事務所
社員の書いた伝票や文章をコピーする山口正人。
そして、それを見つめるいじめの犯人。
犯人N「あいつ、あんなものコピーしてどうするつもりだ?」
  睨み付けるように正人を見る。正人は気がついていない。
犯人N「それにしても、まだ平然と会社に来ているとは、思っていたより根性があるようだな。だが、いつまで持つかな……、ふふふ」

◎下条筆跡鑑定事務所(夜)
  正人の持ってきた資料を机の上に広げる沙耶香。
沙耶香「ありがとう。これだけあれば十分よ」
正人「ところで、こんなことを聞くと怒られるかもしれませんが、筆跡鑑定って本当に信用できるんですか?」
沙耶香「鑑定の根拠になるのは、本人が字を書くときの癖よ。数字、カタカナ、記号を含めたあらゆる書き文字の長さや角度、右上がり左上がりなどあらゆる癖をチェックした 上で鑑定するの」
正人「はあ」
沙耶香「もし十個の書き癖があって、それぞれの出現率を仮に1/10とすると、全ての書き癖が一致する確率は1/10の10乗になる。だから、すべて同じ書き癖だったら同一人物である確率が高い」
正人「絶対ではないと?」
沙耶香「そう、筆跡鑑定では確立が高いということしか言えないの。ギャンブラーにはもってこいの方法よ」
  にやりと笑う沙耶香。

◎下条筆跡鑑定事務所(夜中)
  特撮顕微鏡テレビで筆順解析をする沙耶香。
沙耶香N「マジックで書かれた文字は高感度写真で見ればわかる。でも、それをボールペンで書かれた文字と比較しても筆跡が一致しないのは当たり前……。どうすればいいの?」
  悩んでいる沙耶香を見つけて、明仁が近づく。
明仁「お前がここまでがんばるなんて珍しいじゃないか」
沙耶香「ほっといて」
  覗きこんで沙耶香の手元を見る。
明仁「なるほど、マジックの文字か。何と比較鑑定すれば良いのか迷うところだな。筆跡鑑定上の鑑定要素を見出すのは無理だと判断して断ったほうがいいんじゃないか?」
沙耶香「わたしは諦めないわよ」
明仁「よっぽど重要な依頼のようだな。手伝おうか?」
沙耶香「ほっといて、わたし一人でやらなきゃ意味ないのよ。この件だけは」
  沙耶香のただならぬ様子に引き下がる明仁。
  立ち去ろうとしたが、振り返って一言。
明仁「諦めないことだ。必ずきっかけは見つかる」
  沙耶香は父の後姿を見つめて思う。
沙耶香N「言われなくったって諦めないわよ。じゃないといつまでも父さんのようにはなれないんだから」
  ぎゅっと握りこぶしを固くした。

◎下条筆跡鑑定事務所
  正人が鑑定事務所の扉を開く。
  中に入り、悩んでいる様子の沙耶香を見つける。
正人「三日経ちましたけど……、犯人わかりましたか?」
沙耶香「だめ、何もわからなかった」
正人「そうですか……」
沙耶香「せめてマジック以外で書かれた文字があればよかったのかもしれないけど……。でも、丸三日が経つまであと一時間あるわ。諦めないわよ」
正人「あなたはどうしてそんなに強い心を持っているんですか?」
沙耶香「追いつき、越えたい相手がいるからよ」
  ちらりと父の方を見る沙耶香。
沙耶香「あなたにもいるんじゃないの? 目標とする人物が」
  沙耶香が自分の父を目標にしていることに気がつく正人。
正人「あなたと僕は似たもの同士なのかもしれませんね」
  さわやかな笑顔になる正人。
正人「たとえ犯人が分からなくても、自殺なんかしないで仕事がんばってみます」
沙耶香「十円単位の集金は大変だろうけど、がんばるのよ」
正人「はい、わかりました。でも、最低料金の単位が百円ですから、十円の単位になる事はないですよ」
沙耶香「ちょ、ちょっと待って、今何て言った?」
正人「十円の単位の集金はないって……」
  沙耶香は正人に資料の一枚を見せる。
伝票のメモ欄を指差す。
沙耶香「じゃあ、この160円と言う数字は100円なの?」
正人「0の頭が飛び出して6となっているんですよ」
沙耶香「それよ、それ! すぐに会社に行くわよ」
正人「どうしてですか?」
沙耶香「犯人を捕まえるために決まってるじゃない」
  軽くウインクする沙耶香。

◎リフォーム会社 駐車場
  営業用の車に歩み寄る一人の男。
正人「あなたが僕の車を襲った犯人だったんですね」
  びくりとする男。
正人「飯島課長」
飯島「な、何のことだ? 君の車の窓ガラスが割られたことなんて知らなかったよ」
正人「窓ガラスが割られたなんて言っていません。僕は襲われたと言っただけです」
飯島「い、いや。襲われたと言ったら普通、窓ガラスが割られたと想像するだろう」
沙耶香「自分だと認めないつもりですか?」
飯島「認めるもなにも、わたしが犯人じゃないんだから。ところで、あなたは誰です?」
沙耶香「わたしは、下条沙耶香。筆跡鑑定人よ。彼の依頼で、ジャンパーに書かれた文字を鑑定したわ」
  飯島の表情が曇る。
  沙耶香は高感度カメラで撮った写真を取り出す。
沙耶香「この写真の『0‐157』という文字に注目して。『0』上にかすかに黒い線があるでしょう。詳細検分で油ジミと判断していたんだけど、違ったわ。これも文字の一部だったのよ」
飯島「言っていることが良くわからないが」
沙耶香「焦らないで。次にこれを見て」
  さっき正人に見せた『160円』と書かれた資料を取り出す。
沙耶香「この文字を書いた人間は、『0』を書くときに上に飛び出す癖があるわ。そう、ジャンパーに書かれた『0』と同じ特徴よ。そして、この数字を書いたのはあなた」
  焦りの表情を浮かべる飯島。
飯島「アルファベットと数字を比較しても仕方がないでしょう」
沙耶香「日本人の多くは、数字の0とアルファベットの0とを同じに書くのよ。それに、わたしはあくまであなたの可能性が高いって言っているだけ、絶対あなたが書いたとは言っていないわ」
沙耶香「彼は車を襲った犯人が、車内の誰かだろうと思って警察には通報してないのよ。わたしの筆跡鑑定書を添えて被害届けを出せば、あんたのところに警察が来るわよ。それでも、自分じゃないと言い続けられるかしら?」
正人「課長、僕はあなたが認めてくれれば警察に通報するつもりはありません。ただ、犯人が知りたいだけなんです」
 戸惑うような表情を浮かべる飯島。
飯島「すまん、山口君。犯人はわたしだ」
正人「そうですか、やっぱり。でも、どうしてです? 仕事ができないのが原因ならそう言ってくれればよかったのに」
飯島「君はまじめに良く働いているよ。文句などないんだ」
正人「なら、どうして」
飯島「うらやましかったんだ。君は社長の息子。いずれ社長になるんだろう。でも、わたしは後数年で定年退職。会社のためにそれこそ身を削って働いてきた。でも、高卒じゃあ、課長が限界だった。だから、大して苦労しないでも社長になれる君がうらやましくて、いつの間にか、気がついたら嫌がらせをするようになっていたんだ」
正人「そんな……。父さん、いや、社長はあなたが課長で退職しても、会社のためにしてくれたことは決して忘れませんよ。誇りに思っています。役職なんて関係ありません」
飯島「君とはもう少し早く、じっくり話をするべきだったね。さあ、警察に行こう。すべて話すよ」
正人「いえ、さっきも言ったように犯人が知りたかっただけですから」
飯島「本当にいいのか?」
正人「はい。今回の件は、僕も勉強になりましたから」
沙耶香「あーあ、かっこつけちゃって」
正人「あはは……」と照れる。
沙耶香「あなたが書いた『山口』の『口』って言う文字。左上が開いていて、右上が角ばってるわよね。そういう人は、まじめで柔軟な発想ができてお金をためるわ。きっと成功できる。あなたの父と同じようにね。がんばるのよ」
正人「それも筆跡鑑定?」
沙耶香「これは筆跡診断。グラフォロジー(筆跡心理学)とも呼ばれるものよ。無意識に書いている文字から、その人の金運、職業運、人間関係、性格などを推測するの」
  にっこりと微笑む正人。
正人「あなたと話をしていると不思議と力がわいてきます」
沙耶香「ところで、ひとつ相談なんだけど……」
  沙耶香が正人の耳元でささやく。
沙耶香「先週の競馬で負けて金欠なのよね。これ貸してくんない」
  人差し指と親指で丸を作った。
正人「だめ、絶対だめです。ギャンブルはお金を借りてまでしてはいけない。基本ですよ」
沙耶香「固いこと言わないでさあ。倍にして返すから、今度はあなたのお金をわたしに賭けてみない? 命より安いわよ」
正人「だめったら、だめです」
沙耶香「あー、もう。意外に頑固なんだからあ」

END