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あらすじ

 川本英二は中学生だが、鑑定の腕は超一流。そんな英二に御手洗春美の父親が亡くなり、遺産として残した本棚二つ分の古書を鑑定する依頼が舞い込む。
 母がいないため姉妹で鑑定勝負を行い、勝ったほうがもらえるというものだった。

 春美に協力した英二は冬美の策略で眼鏡を破壊されるも香りだけで古書の価値を見破り勝負に勝つ。
 すると、ある本の間から父が娘に当てた手紙が出てきた。
 実は、古書を鑑定させるというのは春美の父に頼まれ英二が考えたことで、いがみあっている二人を仲直りさせるためのものだった。

 姉妹はその後、協力して古本屋をはじめることにした。


・キャラクター設定
川本英二
 幼い頃から祖父の営む古本屋「川本堂」を手伝い、古書の知識を身につけた。
 しかし、極度の近視と乱視のため、眼鏡がないと何も見えない。
 背が小さいことが悩みで、毎日朝晩、牛乳を飲んでいる。
 現在は、町立の中学校の二年生。
 父は杉田玄白の「解体新書」の元になったクルムスの「ターヘルアナトミア」を手に入れたことから犯罪に巻き込まれ、行方不明になった。
 英二は、全国各地を飛び回って父を捜している。
 自称、ビブリオフィル・フィロゾフィーク(哲学的愛書家)

川本吉蔵
 英二の祖父にあたり、古書店「川本堂」を営んでいる。
 戦地でなくなった友人の店を引き継いで古書店をしている。
 年齢は七十近いが、気持ちは若く、いつも若者のファッションを取り入れている。
 エルビスプレスリーのファン。

御手洗春美
 「川本堂」の近くに住んでいる女の子。英二に古書の鑑定を依頼する。
 双子の姉の冬美と美少女姉妹として有名。
 英二と同じ中学校の三年生。
 英二の初恋の相手でもある。

御手洗冬美
 春美の双子の姉。父が残した古書の鑑定を巡って、春美と対決する。

街の鑑定屋さん

男はある店の前で立ち止まり、目線を上にやった。
「川本堂」とある。
中を覗き込むと、本棚が所狭しと並べられている。そのどれもに、薄汚れた本がぎっしりと詰め込まれ、入りきらない本は床に積まれていた。
男は本には見向きもしないで奥に進むと、店員らしき老人に話しかけた。老人は片手に本を持ち、眼鏡の奥の瞳を動かしていた。
男は老人が金色に紙髪を染め、エルビスプレスリーのような派手な格好をしていることに戸惑いながら言った。
「倉庫を整理していたら出てきたんだけど、買い取ってくれ」
 男は、一冊の本を置いた。高く買い取ってもらえることを期待しているようだった。
「夏目漱石の『こころ』の初版本だ。いくらになる?」
「よく見せてください」
 川本堂の主人である川本吉蔵は、老眼鏡をかけ直し、本を手に取った。
 しばらく考えて、後ろを振り返り、奥の部屋に向かって言った。
「英二、ちょっと来てくれないか」
 一瞬の間があった後、子供っぽい高い声が帰ってきた。
「何、おじいちゃん。何か用?」
 現れたのは、小学生くらいの身長の男の子だった。牛乳瓶の底のような厚い眼鏡をかけている。
「この本を売りたいみたいなんだけど、見てやってくれないか。わしは、ちょっと目の調子が悪いで」
「小学生に鑑定させるのか?」
「ばかにすんな。僕は小学生じゃない。背は低いけど、中学二年なんだからな」
「この子は、わしの孫でな。古書についてはわしより詳しいんじゃよ」
「はあ? このガキが?」
 英二の父親はある古書を手に入れたことから事件に巻き込まれ、行方不明になった。英二は、父を探したくて、失踪の鍵を握る古書を手に入れるため、古書鑑定の知識を身につける努力を日夜行っている。
「ほら、貸して」と本を奪い取るように掴んだ。
 背表紙、奥付きなどを調べて、男に向かって言う。
「高く買って、百円ってところかな」
「素人だと思ってだまそうとしてもそうはいかねえぞ。夏目漱石の初版本は高値がつくってテレビ番組で観て来たんだからな」
「初版本は初版本でも、これは、昭和五十九年に、はるぶ出版から発行された復刻版の初版本だ。復刻版じゃあ価値なんてないよ」
 男は意味が分からないといった様子で問う。
「復刻版?」
「一九一四(大正三)年に、『心』というタイトルで朝日新聞に連載されていた作品を、岩波書店が『こころ』というタイトルで刊行したのが本当の初版本なんだ」
「はあ」
「だから、大正時代の初版本は、こんなに現代的な装丁はされていない。それに、昭和五十九年が初版じゃあ、とっくに夏目漱石は亡くなっているでしょ」
「……」
「それにね。もしこれが大正三年の初版本だったとしても、数は多く出回ってるから、あなたが期待するような価値はないよ」
男は、残念さと恥ずかしさが入り交じった複雑な表情を浮かべながら、「ちょっと待っていろ」といって店を出るとしばらくして、段ボール箱を持って戻ってきた。
「これも倉庫から出てきたやつだ。どうせ価値はないだろうから、あんたらにやるよ。じゃましたな」
といって男は帰っていった。
英二は段ボール箱を開け、中の一冊を取り上げぱらぱらとめくった後、男を追いかけて店を飛び出した。しかし、車で帰った男を見つけることが出来ないで戻ってきた。
「あのおじちゃんが置いてった雑誌、「婦人グラフ」だったよ。十冊以上ある」
「木版画の挿し絵で有名なやつか。そりゃあ、彼は損したなあ。一冊、十万近くで取り引きされてるのに」
「大正から昭和にかけて発行された女性流行雑誌だから、おばあちゃんか誰かが買ってたんだろうね。それにしても、これが有名な、竹久夢二の七夕の図柄か」
 と感慨深く、挿し絵の版画を眺めた。
「ごめんね、おじいちゃん。お客さんを追い返すようなことして」
「気にすることはない。なかなか痛快だったぞ」

店に女の子が入ってきた。赤い服を着たかわいらしい感じの子だった。
英二は、それが御手洗春美だと気が付くと、唾を飲み込んだ。
「やあ……」
 英二が黙っていると春美が口を開いた。
「英二って、古書にすごく詳しかったよね?」
「すごいってほどじゃないけど、普通の人よりは詳しいと思うよ」
 それを聞いて、安心した様子で春美は言った。
「実は頼みたいことがあるんだけど……、私の父が先週亡くなったことは知っているわよね?」
 脳卒中で倒れ、しばらくして亡くなったと聞いていた。春美は以前に母も亡くしているため、双子の姉の冬美と二人暮らしになった。
「父は遺産を残してくれたの。遺産といってもわたしには価値がよく分からないものだったんだけど」
「まさか、あの立派な蔵書?」
 古書好きの英二は春美の父、和樹の蔵書を思い出してそう言った。
「前に一度見せてもらったけど、珍しい古書が本棚に無数にあって、保存状態もすごくいいものばかりだった……」
「そうなのよ。英二なら価値が分かるでしょ、だから鑑定して欲しいの」
「もしかして、あの蔵書を全部鑑定して値段を教えてくれってこと?」
「いえ、鑑定は鑑定なんだけど……」
「けど?」
「勝負なの。父が古書組合に依頼して鑑定させた古書を、わたしと冬美で鑑定し合って、鑑定結果に近い値段を出した方が、父の蔵書すべてがもらえるっていう勝負をしないといけないの。それが、父の遺言らしのよ」
「負けた方は一冊ももらえないの?」
「うん」
 春美は軽く頷いた。
鑑定勝負に負ければ、全部売れば何千万にもなる蔵書が一冊ももらえなくなる。
「冬美はあの本を全部売ろうとしてるみたいだけど、私はあの本を元に父の夢だった古本屋を開きたいの……」
「でも、春美さんと冬美さんの勝負なんでしょ、僕が鑑定しちゃまずいんじゃないの?」
「大丈夫よ。ルールで、助っ人を一人付けることができるの」
「はー、なるほどね」
「ねえ、やってくれるでしょ?」
 大量の古書に興味があった英二は、
「じゃあ、なんとかやってみるよ」
 春美は快く、承諾した。

鑑定勝負の会場となった弁護士の事務所は、大通りに面したビルの三階にあった。
大事な鑑定対決の当日だというのに、春美は寝坊してしまい、全力で走って来た。
そんなわけで、春美が入った瞬間に、冬美の冷たい視線が飛んできた。春美に似た、髪の長い色白の女性だった。
「ちょっとあんた。何やってたのよ。遅いわよ」
「道が混んでいたのよ。あんたこそ、そんなに早く来るなんて暇な人ね」
 冬美の先制攻撃に、春美も素早く応戦する。
 弁護士の男は、そんな仲の悪い二人を見て、「聞いていた通りだ」とため息をついた。
弁護士は、背が低く割腹の良い男だった。眼鏡の奥に潜んだ細い目はすべてを見透かすような迫力を持っていた。
 春美はぱっと冬美の隣に立っている男に視線を移した。美しい白髪をした初老の男だった。冬美が連れてきた助っ人だ。
 かなり経験豊富な手強い相手だろうと思いながら、自分の助っ人である英二の姿を探した。が、どこにもいない。
「あれっ、英二は?」
「あんたの助っ人ならまだ来てないわよ」
 冬美が冷たく言う。
「嘘よ。わたしが家を出るときあいつの家に電話したら、お母さんが出て、とっくに出発したって言っていたもの」
 春美は携帯に電話するがつながらない。
「英二のやつ。どこに行ってるのよ……」
「ねえ、弁護士さん。もうとっくに時間は過ぎているんだし、始めましょうよ」
 冬美は春美をあざ笑うかのように、弁護士に勝負開始を迫った。
「仕方がありませんね。始めましょう」
「あと少しだけ待ってちょうだい」
「往生際が悪いわねえ。きっと鑑定する自信がなくなって逃げたのよ」
「違う。英二はそんないいかげんな奴じゃない。必ず来るわ」
「いいわ。五分だけ待ちましょう。でも、五分待っても現れなかったら、そのときは、あんた一人で鑑定勝負するのよ。いいわね」
 春美は弱々しく頷いた。
―早く来て、英二―
 そう願いながら、入り口のドアを眺めていた。しかし、春美の願いもむなしく、時間は刻々と過ぎ、すぐに五分が経過した。
「やっぱり、来なかったわね」
 春美は冬美をにらみつけた。
「助っ人に逃げられるなんて、あんたも哀れね。でも、約束通り、勝負は始めるわよ。弁護士さん。お願いします」
 弁護士は軽く咳払いし、机の上に風呂敷で包んだ本を置いた。
「この風呂敷の中の本を鑑定していただきます。ルールは、鑑定した値段を発表していただき……」
 弁護士は封筒を掲げる。
「この封筒の中の価格認定書に書かれた鑑定結果に近い方が勝ちです。勝ったほうが、お父様が残された蔵書すべてを手に入れることができます」
「長永さん、よろしくお願いしますね」
「まかせときなさい」
 長永と呼ばれた冬美の助っ人鑑定士は自信ありげに答えた。
「それでは、鑑定対決を行います」
 そう言って、弁護士が風呂敷を開けようとしたとき、入り口のドアが開いた。全員が一斉にドアの方を見た。
 ドアの前には二人の人影があった。
「え、英二?」
 春美がかすれるような声を出した。というのも、英二が川本吉蔵に支えられるようにして入ってきたからだった。どうやら怪我をしたらしい。
 英二は倒れるように床に腰を落とした。
「怪我してるじゃない。何があったの?」
「知らない男に言いがかりをつけられて……。倒れているところをおじいちゃん助けられた」
 英二は痛そうに肩を押さえた。顔や手に血がにじんでいた。
 冬美は英二の姿を見て不気味に笑っていた。春美はそれに気が付き言った。
「あんた、まさか……」
「何なのよ。わたしが襲わせたとでも言うわけ? どこにそんな証拠があるのよ」
 冬美の悪びれない態度を見て、春美は英二を襲ったのは冬美の回し者だということを確信した。悔しくて、力一杯握り拳を作った。
「もういいわ。とにかく勝負を始めましょう。英二が来たんだから、あんたなんかに負けないわ」
「それはどうかしら、あの子、眼鏡がないみたいだけど大丈夫なの?」
「えっ?」
 春美はそのとき初めて英二の眼鏡がないことに気が付いた。
「春美さん、ごめん。殴ってきた男に割られちまったんだ」
 春海は心の中でつぶやく。
―そんな……、英二は極度の近眼で、眼鏡がなかったら何も見えない。そんな状態で鑑定ができるわけがない……―
「もう、だめだ。冬美がここまでするなんて。わたしの負けね……」
「諦めるのはまだ早いよ。勝負は始まっていないんでしょ?」
「そうだけど。目が見えないんじゃ、鑑定は無理でしょ」
「まあ、見てなって」
「そこの二人。何をごちゃごちゃ言ってるのよ。とっとと勝負を終わらせるわよ。まあ、どうせわたしが勝つって決まってるけどね」
「改めまして、鑑定対決を始めたいと思います。あなたルールは分かってますね」
「ああ、ばっちり」
 英二がそう答えると、弁護士は、
「では、鑑定していただく本はこれです」と言って、風呂敷を取った。
次に出された課題は、夏目漱石の「こころ」だった。
 長永は思わず眼鏡をかけ直した。そして、近づき手に取る。
―岩波書店が大正三年に出した初版本。昭和に入ってからの復刻版じゃない。目立ったシミはないな。馬食い(ネズミなどにかじられて本の一部が欠けること)はないし、虫損直しもされていない。使われているインク、紙。まちがいなく本物だ。偽書ではない。ただ、一つ欠点を言えば、背表紙が日焼けして変色していることだな。でも、悪くない品だ―
「わたしの方は終わりました。どうぞ」
 と英二を促した。
―あんなガキに鑑定が出来るのか?―
 春美は英二に問いかけた。
「英二、ほんとに大丈夫?」
「まかせとけって、なんとかするよ」
 目の見えない英二は春美の誘導で本に触れた。
 その様子を見ていて長永は、驚きの声を出した。
「あの少年ただ者じゃないな」
「どうしたの?」と冬美が訊く。
「見てみろ、あいつの本の触り方。書物の両表紙が開き過ぎないように、左掌全体で包み込むようにしっかりと保護しつつ、まるで蝶の羽に触るようにページをめくっている。経験がないとできない芸当だ」
 長永は、にやりと笑い。
「面白い勝負になりそうだな」と呟いた。
―だが、古書鑑定の調査材料は書風、インク色、紙質だ。そして、二次的に外形や保存状態を見るが、目が見えなくてどうする。少年よ―
 英二は、紙を撫でながら鼻を近づけた。
 紙の感触を確かめ、インクの臭いを嗅いでいるようだった。
―なるほど、鑑定家なら臭いや手触りである程度、使われている紙やインクを推測できるだろうな。しかし、背表紙の変色までは分かるまい―
 さらに、本を開いて考えた。
 丁寧に触りながら、ページを捲っていく。横で、春美が奥付を見て「これは、夏目漱石の『こころ』の初版本よ」と情報を与えた。
「春美さんありがとう、分かったよ」
「この鑑定で勝てなきゃ、本はすべて冬美のものになっちゃうんだから、がんばってね」
「まかせとけって、国内の古書だったら、作者とタイトルと発行年が分かれば見なくても鑑定できるよ」
 鑑定が終わり、長永と英二は向かい合った。
―この鑑定は微妙だ。あのガキも夏目漱石の『こころ』の初版本だということは分かっている。こっちと同じような額を出してくるに違いない。だが、わたしの店の常連客は夏目漱石マニアが多い。おのずと価格も正確に判断できてくるというもの。この勝負、経験の差で俺の勝ちだな―
 長永は鑑定結果に自信を持っていた。
「それでは、鑑定結果を提示してください」
 長永  二万五千円
 英二  十万円
 英二の出した鑑定結果を見て、長永は、
―勝った。何を間違ったかは知らないが、夏目漱石の初版本で十万をこえるなどあり得ない。あのガキも所詮は経験不足の鑑定マニアだったってことか―
「それでは、価格認定書の価格を発表します」
  十万円
「やった。英二の勝ち」春美はこれみよがしに喜んだ。
「夏目漱石の初版本が、十万だと、ふざけるな」
「少しは冷静になったらどうだい。じいさん」英二が冷たく言う。
「何だと」
「確かにあんたの言うとおり、ただの夏目漱石の初版本なら十万なんてことはないだろう。だが……、真ん中あたりのページを見てみろ」
 長永は英二に言われるままページを捲った。
「こ、これは……」
 夏目漱石のサインと俳句が書いてあるのを見つけた。
「自筆の書き入れ本か……、見落としていた」
「夏目漱石の自筆のサインと俳句が筆で書かれているんだよ。署名本は人気があって、価格が高くなることはしっているでしょ。あんたは、本の外面ばかりにとらわれて内面を見逃したんだよ」
「手触りと臭いだけで、書き入れ本を見分けただと、お、お前、何者だ?」
「僕は、川本英二。ビブリオフィル・フィロゾフィーク(哲学的愛書家)さ」
 吉蔵が取りに行っていた予備の眼鏡が届くと、英二はそれをはめた。
「やっと見えるよ」 
 冬美は晴美にいう。
「私の負けね。約束どおり、本は全部あんたにあげるわ」
 寂しそうに帰っていく冬美。
「ちょっと待って」
 呼び止める春美。
「古本屋を開こうと思うんだけど、一緒にやらない?」
「ふう」
 とため息をつく冬美。
「ばかね、あんたお人好し過ぎるわ」
「どうなの?」
その問いに、優しく笑いながら冬美が言う。
「私が店長ならやってあげてもいいわ」
「じゃあ、決まりね」

 数日後、春美が川本堂を訪れた。
 英二を見つけて声をかける。
「古本屋の件なんだけど、高校を卒業したら二人で働いてお金をためて、いつか開いてみせるわ。父の夢だったんですもの」
「そう、そのときは毎日遊びに行くよ」
 英二は飲み干した牛乳を机に置いた。
 春美は座っていた英二の手を引き、立ち上がらせた。
「どっか、散歩でも行かない?」
 英二は笑顔で頷いた。
店を出たところで冬美と出くわした。
「英二を連れ出してどこに行くつもり? 英二は、わたしと古本屋めぐりに一緒に行くのよ。ね、英二」
英二を取り合いになって喧嘩になる。
「また、喧嘩かよ。かんべんしてくれ」

END