ミステリックモーツアルトカテゴリの記事一覧

あらすじ

 モーツアルトの葬式が行われる。
 モーツアルトのパトロンであるスヴィーテン男爵は彼の死を不審に思っていると、ある探偵から宮廷作曲家のサリエリが毒殺したという話を聞く。

 スヴィーテンはサリエリを問い詰めるが、サリエリは犯行を否定する。
 居合わせた料理人ミハエルはサリエリの無実を証明するために、自分が犯人を見つけだしてみせると宣言する。

 調査を始めたミハエルは、フリーメーソンやモーツアルトの妻コンスタンツェが怪しいことを突き止めるが、決定的な証拠を見つけられない。
 しかし、コンスタンツェが捨てた手紙を発見して、モーツアルトが旋毛虫症という寄生虫の感染症で亡くなったことを知る。

 しかも、それが自分の料理した生焼けの肉を食べたからであることを知る。
 モーツアルトは自分が旋毛虫症だということに気がついたが、治療法もなかったため、ミハエルの料理人としての道が断たれないように、病気のことを隠していた。

ミステリックモーツアルト

◎カフェ・フラウエンフーバー
  シテファン寺院の前にあるレストラン。
  ランチタイム。にぎわう店内。
  料理をしているミハエル・ブフベルグは店内にモーツアルトの姿を見つけて挨拶に向かう。
  ミハエルはカフェ・フラウエンフーバーの料理長であり支配人。
ミハエル「ようこそ、カフェ・フラウエンフーバーへ。モーツアルトさん」
  疲れ果てた様子のモーツアルトに少し驚くミハエル。
モーツアルト「おお、ミハエルか。料理人としての貫禄が出てきたね」
  何かいいたげに目の前のポークカツレツを眺めるモーツアルト。
ミハエル「どうかなさいましたか?」
モーツアルト「どうも生焼けの肉は苦手でね。もう少し火を通してくれないかな?」
  赤みの残ったカツレツを見て、火が十分通っていないことに気がつくミハエル。
ミハエル「すみません。すぐに新しいものを用意いたします」
モーツアルト「わがまま言って申し訳ないね」
  厨房に戻るミハエル。
  ちらりとモーツアルトの方を見ると、水で何かの薬を飲む。
  そして、テーブルを鍵盤に見立てて弾く真似をしながら作曲を始める。

× × ×

◎シテファン寺院
雨の降りしきる中、礼拝堂にてモーツアルトの葬儀が行われている。
  布に包まれたモーツアルトの遺体が数人の男により霊柩車に乗せられる。
  出発する霊柩車を悲しい表情で見つめるモーツアルトの妻コンスタンツェ。

◎カフェ・フラウエンフーバー
  カフェの窓からモーツアルトの葬儀の様子を見つめる料理人ミハエル。
  窓に手をかけ、つぶやく。
ミハエル「モーツアルトさん……どうして……」
  そのとき、コンスタンツェがにやりとほくそ笑むのを見る。
ミハエル「ん……?」
  不審に思うミハエル。
従業員の料理人が話しかける。
カミュ「ミハエルさん、どうかしましたか?」
ミハエル「あ、いや、なんでもない」
カミュ「開店の準備が出来ました」
ミハエル「わかった、すぐ行く」
  厨房に戻るカミュ。
  再びコンスタンツェを一瞥してから厨房に歩き出すミハエル。

◎聖マルクス教会 
街の郊外の汚い共同墓地に運ばれたモーツアルトの遺体。
大きく掘られた穴の中に他の遺体と共に放り込まれる。
十体くらい入ったところで土が被せられる。
布に包まれた遺体は誰が誰だかわからない。
土に埋められた後は何の印もつけられず、どこに埋められたのかも分からない状態のまま埋葬は終了する。

◎ファン・スヴィーテン邸 
  スヴィーテン(以降スヴィ)はモーツアルトのパトロンであり、葬儀も取り仕切った人物。
  スヴィが豪華な装飾が施された居間のソファに座り、ベルリンで発刊されている『音楽週報』(一七九一年十二月発行)の記事を読んでいる。
  そこに男の声が聞こえる。
ギゼッヘ「俺を呼んだのはあんたか?」
  レオポルド・ギゼッヘは探偵道具を内蔵した義手(左手)を持つ男。
オーストリア随一の名探偵。
スヴィ「ようこそ、まあ座れ」
  机をはさみ正面のソファにギゼッヘを座らせると、スヴィは『音楽週報』を開いて渡そうとするが、逆にギゼッヘが自分で持ってきた『音楽週報』をスヴィに見せる。
ギゼッヘ「その記事のことで俺を呼んだのだろ?」
  
記事『先週末、ウィーンで死亡したモーツアルトの体は、死んだとき異様にふくれあがっていたため、毒殺されたのではないかと噂されている』

スヴィ「さすが名探偵といわれるギゼッヘだな。話が早い」
  改めて真剣な表情になるスヴィ。
スヴィ「私はパトロンとして、どんなときもモーツアルトを支えてきた。それは彼の音楽そして才能を愛していたからこそ……。彼が殺されたとなれば、犯人を見つけねばならん。それは音楽により私の心を癒してくれていた彼にしてやれる最後の恩返し……」
ギゼッヘ「なるほどね……」
スヴィ「毒殺の噂、どう思う?」
ギゼッヘ「単なる噂ってわけでもなさそうだな」
スヴィ「ほう、わけを聞かせてくれ」
ギゼッヘ「彼の死には謎がある」
スヴィ「謎?」
ギゼッへ「それは検死解剖が行われなかったために直接の死因が明らかにされていないということだ。医師が死因を特定できなかったから、粟粒疹熱、リウマチ熱、心不全、腎臓病などといろいろ憶測されている。そんな状況だから、毒殺だという話が出てきてもおかしくはない」
スヴィ「ふむ……」
ギゼッヘ「もし、モーツァルトの死後すぐに検死解剖が行われていたなら、その死因もはっきり解明されていたはずだ。三十五歳という働き盛りで名の知れた男が突然死亡したにもかかわらず、検死解剖が行われなかったのは不自然だ」
スヴィ「まさか、何者かがその死因を隠さなければならなかった……と」
ギゼッヘ「恐らく」
スヴィ「よし、その何者かを探し出してくれ」
ギゼッヘ「すでに大体の見当はついていますよ」
  驚くスヴィ。
スヴィ「だ、誰だ、そいつは!」
  ギゼッヘはスヴィに耳打ちする。
  スヴィは眉間に皺を寄せる。
スヴィ「何だとー!」
  怒りに震えるスヴィ。
スヴィ「事実かどうかすぐに調べてくれ……」

◎カフェ・フラウエンフーバー 夜
  フードで顔を隠しながら店に入ってくる男がいる。
  男は店の端の席に座る。
  変な客に気が付いたミハエルが自ら注文を聞きに行く。
ミハエル「ご注文は?」
  フードを取る客。
  客の顔を見て驚くミハエル。
ミハエル「サリエリさんじゃないですか」
サリエリ「ああ」
  サリエリはイタリアのレガーノ生まれの作曲家で、その才能を見込まれウィーンの宮廷作曲家として招かれている。
ミハエル「どうしたんですか宮廷楽長であるあなたがそんな格好をして、まるで乞食じゃないですか」
サリエリ「私がモーツアルトを毒殺したんだという噂が流れていてな。見つかったら誹謗中傷の嵐だよ。ろくに出歩けやしない。だけど、どうしても君の料理が食べたくてね。こうして変装して来たんだよ」
ミハエル「その噂なら私も知っていますよ。まったくひどい噂を流す人もいるものです。サリエリさんが人を殺すわけないのに……」
  突然ミハエルの後ろから声が聞こえる。
スヴィ「そんなことがどうして分かる?」
  驚いて振り向くミハエル。
ミハエル「あなたはファン・スヴィーテン男爵」
スヴィ「サリエリさん、あんたがモーツアルトを毒殺したという噂は私が流したんですよ」
サリエリ「なんだと、どうして?」
スヴィ「ある探偵があなたがモーツアルトに少量の毒を飲ませ続け、殺したのだと教えてくれた。そして先日そのことをあなたに告げたが、否定した」
サリエリ「当たり前でしょう。私は何もやっていないのだから」
スヴィ「だが、私はあなたが犯人だと確信している。探偵に証拠を探すように依頼したんだが、見つけることが出来なかった。だから、噂を流せば追い詰められたあなたが事実を告白すると思ったんですが……、どうですか、そろそろ自分がモーツアルトを毒殺したんだと認めませんか?」
サリエリ「ふん、ばかばかしい」
ミハエル「そうですよ。証拠もないのにサリエリさんが殺したんだと決め付けるなんてどういうつもりです」
スヴィ「確かに証拠はないが、モーツアルトが死んで得をするのはこの世の中であなたしかいないんですよ」
サリエリ「は?」
スヴィ「ヨーゼフ皇帝がサリエリの曲を弾いていたとき、現れたモーツァルトが、“それはこうあるべきです”とその場で手直しをして皇帝が絶賛した。このことであなたはモーツアルトを恨み、彼の演奏や出世の道をことごとく邪魔をしていたらしいですね」
サリエリ「……」
スヴィ「モーツアルトの才能はあなたをはるかに上回る。それはあなたも分かっていたはず。このままだと宮廷楽長の座を奪われると思い殺害した……」
サリエリ「違う、違う。私はモーツアルトになら楽長の座を譲ってもいいと思っていたんだ」
スヴィ「嘘を言わないでください。あなたにとって宮廷楽長の座は命の次に大切なもののはず。それをあんな若僧に渡したくはない。違いますか?」
サリエリ「……」
ミハエル「いい加減にしてください。サリエリさんとモーツアルトさんが二人で会うことなんてなかったはずです。会ってもないのに毒を飲ませ続けることなどできないでしょう」
スヴィ「いや、会っていたんですよ。誰にも気がつかれないようにして……。でしょ、サリエリさん?」
サリエリ「……」
ミハエル「どういうことです?」
スヴィ「モーツアルトの妻、コンスタンツェから聞いた“灰色の服の男”のことです」
ミハエル「灰色の服の男?」
  ミハエルがサリエリを見る。
サリエリは暗い顔でうつむく。
スヴィ「コンスタンツェから聞いた話を教えてあげましょう」
  話し始めるスヴィ。

  スヴィの話の始まり。

◎モーツアルト宅 夜
  来訪者を告げるノックの音が家の戸口に響く。
  モーツアルトがドアを開けると目の前には灰色ずくめの服を身にまとった男が立っている。
男はフードを被り、顔を隠すお面を付けている。
男「依頼してあった“レクイエム”はどの程度進んでいる?」
モーツアルト「順調ですよ。もう半分は出来ています」
  満足そうにうなずく男。
  男はたくさんの金貨の入った袋を渡すと早々に帰っていく。
  コンスタンツェがドアの隙間から外を覗く。
男の後姿が見える。
コンスタンツェ「また、いつもの人なの?(小声で)」
モーツアルト「ああ。何者だか分からないけど、金払いだけはいいな」
コンスタンツェ「それにしてもどこの誰かしら? 自分の名前もいわないまま作曲を依頼するなんて……。それも死者のためのミサ曲なんて縁起でもないわ」
モーツアルト「誰かなんてどうでもいいさ。僕は作曲家で、曲を作ってお金をもらうが仕事なんだから余計な詮索はしない」

  スヴィの話終了。

◎カフェ・フラウエンフーバー 夜
  スヴィがにやりと笑う。
スヴィ「その“灰色の服の男”こそ、サリエリさん。あなたなんですよ。何度も訪れ、毎回モーツアルトに渡した袋の中に少しずつ毒物を仕込んでいたんです。金貨を確かめるために袋を開けるモーツアルトはそれを吸い、あるとき致死量に達した」
  スヴィはサリエリの様子を確かめるように見る。
  サリエリは黙ったまま。
スヴィ「探偵があなたが捨てたゴミの中からこの仮面を見つけました」
  スヴィは白い仮面を見せる。
  その仮面にピクリと反応するサリエリ。
スヴィ「コンスタンツィに確かめたら確かに“灰色の服の男”はこの仮面を着けていたと言っていましたよ」
  動揺した様子のサリエリ。
ミハエルN「サリエリさんの様子がおかしい……。だけど、毒殺するのにそんな手の込んだことをするだろうか?」
スヴィ「とにかく私はあなたが誰にも気が付かれないようにしてモーツアルトに近づいていたことまでは突き止めています。今の話を聞いてまだ自分が犯人ではないと言うのなら、私は今の話を新聞に載せますよ。あくまで私の推測としてですが……」
ミハエルN「まずい、そんなことをされたらますます悪い噂が流れてしまう。そうなったらサリエリさんの宮廷楽長の地位も危うくなる」
スヴィ「さあ、毒殺したと認めますか?」
  サリエリは首を横に振る。
サリエリ「私は何もしていない……」
スヴィ「仕方ありませんね、明日の新聞を楽しみにしていてください」
  そう言って立ち去ろうとするスヴィ。
ミハエル「ちょっと待ってください」
スヴィ「はあ?」
ミハエル「十日……、いや、一週間待ってください。その間に私がモーツアルトさんの死の真相を突き止めます」
スヴィ「ほう、面白いことを言うな」
ミハエル「サリエリさんの名誉がかかったことです。一週間待ってください」
スヴィ「いいだろう。待ってやる。だが、三日だ。三日後のこの時間に来る。せいぜいがんばるんだな。だが、どう調べても私と同じ結論に至るだろうよ」
  スヴィは去って行く。
  ミハエルとサリエリの二人だけになる。
サリエリ「すまない、ミハエル。だが、私はモーツアルトを毒殺してなどいない。信じてくれ」
ミハエル「もちろん信じていますよ。でも、正体を隠してモーツアルトさんに会っていたというのは……」
サリエリ「……それについては、今は何も言えない……」
  辛そうな表情を浮かべるサリエリ。
スヴィ「分かりました……」
スヴィN「僕が腕を怪我して料理人になる夢をあきらめようとした時に、ピアノの曲を作曲して演奏して励ましてくれたサリエリさん。今度は僕があなたを救う番です」

◎モーツアルト邸
  コンスタンツェに話を聞くミハエル。
ミハエル「そうですか、恨まれていたという心当たりはありませんか」
コンスタンツェ「ええ、でも、どうして料理人のあなたが捜査を?」
ミハエル「サリエリさんの無実を証明するためです」
コンスタンツェ「そうですか……」
  複雑な表情を浮かべるコンスタンツェ。
ミハエル「少し部屋を見せてください」
コンスタンツェ「先日ギゼッヘとかいう探偵が調べていったときのままですが、どうぞ」
  狭い部屋に棚や机が並んでいる。
モーツアルトの部屋には大きめの机があり、その上に楽譜が散乱している。
  ミハエルは机の引き出しに三つの箱を見つける。
  一つには手紙がぎっしり入っているが、他の二つは空。
ミハエル「中身はどこです? 手紙が入っていたようですが……」
コンスタンツェ「古いものでしたので処分しました。いつまでも残しておいても無駄ですから」
  残された手紙の一つ一つに目を通すミハエル。
  そして、ある手紙のある言葉に注目する。
ミハエル「“フリーメーソン”から作曲の依頼を受けていますが、モーツアルトさんは会員だったんですか?」
  フリーメーソンとは、もとはイギリスから広まった、自由主義的、世界主義的友好団体。その目的は、善隣友好、人間愛の高揚などで、それは神を拝む宗教ではなく、太陽や光を崇拝し、入会や集会には神秘的な儀式が行われた。そして、そこには常に音楽があった。
コンスタンツェ「はい、二十八歳のときから入っていました。たびたび作曲を依頼されていたようで、一ヶ月前にもオペラ“魔笛”を完成させていました」
ミハエル「そうですか……」

◎カフェ・フラウエンフーバー 夜
  ミハエルとサリエリが話をしている。
ミハエル「コンスタンツェさんから伺った話だと、モーツアルトさんの体調が悪くなったのはちょうどオペラ“魔笛”の作曲にとりかかっている時期と重なるそうです」
サリエリ「それがどうかしたのか?」
ミハエル「モーツアルトさんは秘密結社“フリーメーソン”の会員だった。そして、“魔笛”は、フリーメーソンの会員シカネーダーに依頼されたもの……」
サリエリ「まさか、フリーメーソンに殺されたと?」
ミハエル「はい。フリーメーソンとは、英国で設立された世界主義的同志という理念のもとに自由思想を持つ男性だけが集まった秘密結社。三十三級までの階級制度があって、級が上がるたびに秘密の伝授儀式が行われ、上の級になるごとに様々な秘密を知ることになります。そうして伝授された秘密は決して他の人にもらさないよう聖書にかけて固く誓うことが求められています」
サリエリ「今日一日でそこまで調べたのか……。だけど、どうして殺されなければいけないんだ? むしろ貢献者として尊敬されてもおかしくないはず」
ミハエル「モーツァルトさんはフリーメーソン・ウイーン支部の大変熱心な会員でしたが、オペラ“魔笛”の中で、厳しく守られていたフリーメーソンの伝授儀式の秘密をもらしています」
サリエリ「何?」
ミハエル「会員だけの秘密である秘教的シンボル“八つの水銀寓意”をこの曲に織り込んでいるんです。一般にはわからないように暗号化されていますが結社員が聞けば一目瞭然です」
サリエリ「それは驚きだな」
ミハエル「もちろん支部内だけで演奏されるものであれば問題はなかったでしょうが、大々的に発表して公演してしまいましたからメーソン上部の制裁を受けないはずがありません」
サリエリ「ふむ……」
ミハエル「常にモーツァルトさんの身近にいたシカネーダーがフリーメーソンからの命令で、秘密を暴露したモーツァルトを暗殺して、死をもってその罪の償いをさせたのではないでしょうか? つまり、モーツアルトさんを毒殺したのはフリーメーソンという組織なんですよ」
  確信した様子で話をするミハエル。
サリエリ「それはどうだろうか……」
ミハエル「証拠がないって言いたいんですか? それならあと二日で何と見つけてみせます」
サリエリ「いや、調べるまでなく、君の推理は間違っている」
ミハエル「えっ?」
サリエリ「まず、オペラ“魔笛”の台本を作ったのはシカネーダーだ。シカネーダーが台本を書き、自分が出演することを条件にモーツァルトに依頼したんだよ。モーツァルトは台本に曲をつけただけ。作曲をしただけのモーツァルトが罪に問われるのであれば、その筋書きを作ったシカネーダーも同罪のはずだ。でも、そのシカネーダーは生きている」
ミハエル「……シカネーダーが暗殺を依頼されるなんていうのは筋違い……」
サリエリ「それに、もしモーツァルトがフリーメーソンを裏切るような作品を作ろうとしていたなら、それが完成する前にあらゆる手段を使ってそれをやめさせようとしたに違いない。実際、彼の周辺にはフリーメーソンの結社員である友人がたくさんいたのだから、モーツァルトが何をしようとしていたか、察知できる人がいたはずだからね」
ミハエル「確かに、そうですね……。僕の推理は間違っているようです」
  がっくりと肩を落とすミハエル。
サリエリ「落ち込むことはないよ。ミハエル。私の考えた推理も聞いてくれるか?」
ミハエル「は、はい」
サリエリ「毒殺だったと考えるならば、モーツァルトのそばにいて、いつでも毒を飲ませることができたのは誰だろうか?当然、モーツァルトの妻のコンスタンチェが思いつく」
ミハエル「えっ? まさか、彼女が?」
  驚くミハエル。
サリエリ「モーツァルトの死後、彼女は次の日に慌しく葬儀を行い、墓を建てようとしなかった」
ミハエル「ええ……」
サリエリ「いくら夫が急死して気が動転していたとしても、愛する夫であり、天才的な音楽家でもあったモーツァルトの墓を建てようともしないのはどう考えても普通ではない」
ミハエル「まさか、慌しく葬儀を行い、どこに埋められたのか分からなくしたのは検死解剖されて毒殺の事実が明らかになることを恐れたため?」
サリエリ「証拠はないが、ただ、彼女ならそれが出来た」
  ミハエルは葬儀のときに不気味な笑顔を見せていたコンスタンツェの姿を思い出す。
ミハエル「コンスタンツェさん……」
サリエリ「どうだろう。調べてみないか?」
  真剣な表情で頷くミハエル。

◎カフェ・フラウエンフーバー
  店には臨時休業の看板が立てられている。
  店内のテーブルでは、腕を組み、悩んだ表情のミハエルとサリエリが対峙している。
サリエリ「コンスタンツェについて調べたことをまとめてみよう」
ミハエル「@遅効性の何かの毒薬を少しずつ飲ませることが出来た。A葬式は一番安く、墓もどこにあるかわからないようにしたのはもう一度検死をされたら毒殺したことがバレるから。Bモーツァルトの死後、自分の犯行の動機を消すために、モーツアルトの手紙で自分の都合の悪い物は処分し、夫婦仲が良かったように見せかけている」
サリエリ「Cモーツァルトは借金を一度に返せる仕事を気に入らず断った。また借用書には末代まで義務がある、というサインをモーツァルトはしている。これにコンスタンツェは腹を立てていた。Dモーツァルトが死ねば、数々の勲章や資格を持っているので恩給が入るし、彼が持っている譜面を売ればすぐ金になる。実際、未発表の作品を惜しげもなく出版社に売りさばいている」
  二人はまた悩み始める。
サリエリ「しかし、証拠が無い。コンスタンチェの行動には怪しいところがあるが、夫を殺害する動機も証拠も確たるものはない。九年間の結婚生活の中で六人も子供をもうけているのだから、夫婦仲がそれほど悪かったとは思えない。平凡な庶民的な娘であったから、夫を毒殺するような恐ろしいことができる人でもないだろうし」
ミハエル「コンスタンチェさんを有罪とも無罪とも証明する証拠はないですが、彼女の行動からして何か心にやましいことがあったことは間違いありません」
サリエリ「はたしてこの説明で、スヴィーデン男爵が納得してくれるだろうか?」
ミハエル「だめでしょうね。ただ犯行が可能だったというだけで、確固たる動機も証拠もないですから。スヴィーテン男爵が来るのは今日の夜。それまでに何とか証拠を見つけないと……。せめて、捨てられた手紙でもあれば……」
サリエリ「とにかくあきらめないで捜査してみるしかないな」

◎モーツアルト亭の近く
  ミハエルはゴミ捨て場に向かって歩いている。
ミハエル「コンスタンツェが手紙を捨てたといったのは、あの場所だが……。いまさら手紙が残っているわけもないか……」
  見知らぬ男が何かを探すようにゴミをあさっている。
ミハエル「おい、何をやっているんだ!」
  ミハエルが近づくと男は驚いた表情を浮かべ、逃げる。
  追いかけるミハエル。
  必死に逃げる男だったが路地裏でミハエルに掴まる。
男「すみません。偶然だったんです」
ミハエル「は?」
男「何かモーツアルトのものが捨てられていないか探していたら、偶然見つけたんです。高く売れるかと思い持って帰りました」
  今にも泣き出しそうな弱々しい声で言う男。
ミハエル「何のことだ?」
男「手紙ですよ。あなたモーツアルトの手紙を探しているんでしょ? コンスタンツェと話しているのを聞きました」
ミハエル「お前、捨てられていた手紙を盗んだのか。今どこにある? 見せてくれ!」 

◎男の家
  街のはずれにある古いアパートの一室。
  男はミハエルに盗んだ手紙を渡す。
男「これで全部です。できれば、盗んだことは黙っていていただきたいんですが……」
ミハエル「盗んだといっても捨てられていたものだ。罪にはならないだろうが、誰にも言わないよ」
男「ありがとうございます。モーツアルトのファンとして彼の物が欲しかっただけなんです」
ミハエル「わかった。とにかく手紙を読ませてくれ」
  ミハエルは手紙の束の中から一通を開いて目を通す。
  ミハエルの顔はみるみる硬直していく。
  焦りながら次々手紙を読んでいく。
  そして、落胆した表情でつぶやく。
ミハエル「そ、そんな……嘘だろ……」

◎カフェ・フラウエンフーバー 夜
  指定の時間にスヴィーテン男爵が現れる。
  しかし、店にいるのはサリエリだけ。
スヴィ「あの料理人はどうした?」
サリエリ「すぐに来る」
  しばらくミハエルを待つ二人。
スヴィ「もうとっくに時間は過ぎているぞ、逃げたんじゃないのか?」
  焦りの表情を浮かべるサリエリ。
サリエリN「どうしたんだ、ミハエルのやつ」
スヴィ「きっとお前が犯人だと認めたんだな。そういうことなら帰らせてもらう」
サリエリ「待ってくれ。私の推理を聞いてくれないか?」
スヴィ「ほう、自分で弁明するか。いいだろう話してみろ。だが、コンスタンツェが犯人だと言うのはやめてくれ」
サリエリ「……」
スヴィ「モーツアルトの高熱、発疹、関節炎、むくみなどの症状は病気ではなく薬物中毒の症状。しかも、少量を少しずつ飲まされ場合の症状。コンスタンツェは毒薬の知識も手に入れる方法もなかった。それに、殺すほどの動機がない」
サリエリ「……」
スヴィ「コンスタンツェをいろいろ調べていたらしいが残念だったな」
  勝ち誇ったように笑うスヴィーテン男爵。
サリエリ「確かに数時間前まではコンスタンツェが毒殺したのだと思っていた。だが、今は違う」
スヴィ「何だと? 誰が犯人だと言うんだ?」
  サリエリはポケットから薬を取り出す。
サリエリ「これを見てくれ」
スヴィ「ただの薬じゃないか」
サリエリ「見覚えないですか?」
  そう言われて薬を確認するスヴィーテン男爵。
何かに気がつく。
サリエリ「浮気は紳士のたしなみと考えている人が多い、モーツアルトもその一人だった。だから、モーツアルトも社交的な集まりに出かけては人妻や独身を問わず浮気をした。その結果、梅毒という病気に感染した」
スヴィ「……」
サリエリ「梅毒を治すための治療は、水銀を水で薄めて定期的に飲むというものだ。つまり、モーツアルトは水銀中毒で亡くなったんです」
スヴィ「くっ」
サリエリ「スヴィーテン男爵。あなたの父親は有名な医者で、水銀薬の開発者だった。そして、梅毒に冒されていたモーツアルトは、あなたに相談して水銀薬を調合してもらい、それを服用していた……。違いますか?」
スヴィ「た、確かにそうだ」
サリエリ「やがて水銀は徐々にモーツアルトの体をむしばみ、そして最後には彼の命までも奪った。自分の薬のせいでモーツアルトが死んだと思ったあなたは、コンスタンツェに頼み、慌てて葬儀を執り行い、決してモーツアルトの死体が後で調べられないように証拠隠滅をはかって、墓も建てずに共同墓地に埋葬させたんです」
スヴィ「……」
サリエリ「妻のコンスタンチェは浮気が原因で亡くなったという夫のふがいなさを恥じて、後で梅毒や水銀薬のことを知られないように遺品を整理したり手を加えたりしたんでしょう」
スヴィ「確かにお前の言う通り、この薬は私がモーツアルトに渡したもの。だが、父は死に至らない量を計算して調合していた。飲み続けて死んだとは考えられない。それに、葬儀費用を出したのは私だが、日程についてはコンスタンツェに任せていた」
サリエリ「……」
スヴィ「さらに言えば、もしお前の言う通りなら、私がモーツアルトは毒殺されたなどと噂を流すこと自体おかしいじゃないのか? 病死として扱われたのならそのままにしておけばいい。わざわざ犯人探しをする理由がない」
サリエリ「確かに……」
スヴィ「くだらん推理などしやがって、もうあきらめるんだな。コンスタンツェが犯人でないし、私でもない。もう、お前しかいないんだよ」
  そのとき入り口の方から声が聞こえる。
ミハエル「待ってください」
  ミハエルに気がつく二人。
スヴィ「料理人か。いまさら何を言っても無駄だ。もうサリエリが犯人だと結論が出ている」
ミハエル「いえ、私は真犯人が誰だか分かりました。それはサリエリさんでも、コンスタンツェさんでも、スヴィーテン男爵、あなたでもない」
スヴィ「私は“灰色の服の男”が犯人だと思っていたが、それがサリエリだではないというのか?」
ミハエル「あれはサリエリさんです」
サリエリ「……」
ミハエル「サリエリさんはモーツアルトさんの才能を高く評価していた。そして、それはやがて憧れや尊敬の気持ちに変わっていった。たから、モーツアルトさんの作曲した曲が欲しかったんです。とにかく自分のためだけに曲を作って欲しかった」
スヴィ「そんなバカな……」
ミハエル「曲は欲しいが、依頼することはプライドが許さないし、世間の人々に知られればいい笑い話になってしまう。だから、正体を隠して依頼した。そうではないんですか? サリエリさん」
サリエリ「君の言うとおりだよ。ミハエル。私は正体を隠してまで彼の曲が欲しかった。私も天才と呼ばれてウィーンに来たがモーツアルトの足元にも及ばなかった。彼こそ真の天才なんだ。そんな天才に私のためだけに曲を書いて欲しかった。私の葬儀で使われる曲を……」
スヴィ「私はそんな話信じないぞ。なら、誰だというのだね。モーツアルトを殺した張本人は」
ミハエル「それは……」
スヴィ「それは?」
  少し間を置き、真剣な表情になるミハエル。
ミハエル「私です」
スヴィ「は? 何だって」
  意味が分からないといった表情のスヴィーテン男爵。
ミハエル「だから、私がモーツアルトを殺した犯人なんです」
  驚くスヴィーテン男爵とサリエリ。
  そして、笑い出すスヴィーテン男爵。
スヴィ「いくらサリエリを助けたいからって自分が犯人だと言ってどうする。ばかばかしい」
  真剣な表情のままのミハエル。
ミハエル「モーツアルトさんが亡くなる四十四日前、彼がこのレストランでランチを食べました。そのとき食べたのがポークカツレツ。モーツアルトさんは私に言いました“どうも生焼けの肉は苦手でね。もう少し火を通してくれないかな”と、つまり、私が出した肉には十分な火が通っていなかったんです」
スヴィ「はあ……」
サリエリ「そのことはモーツアルトさんがコンスタンツェさんに宛てたこの手紙に『何の香りだろうか。こ、これはポークカツレツだ。何ておいしそうなんだ。君の健康を祝して食べよう』と書かれているため事実に間違いありません」
  ミハエルは手紙を見せる。
スヴィ「それがどうかしたのか?」
ミハエル「高熱、発疹、関節炎、むくみなどといったモーツァルトさんが亡くなる直前の症状は中毒の症状に似ていますが、他にももう一つぴったり当てはまる病気があります。それは……」
スヴィ「それは?」
ミハエル「旋毛虫症の症状です」
スヴィ「ま、まさか、寄生虫の感染症?」
ミハエル「モーツアルトさんは、半生のポークカツレツを食べ、食肉、特に生の豚肉に多いとされる寄生虫、旋毛虫に感染したんです」
スヴィ「……」
ミハエル「旋毛虫症の発症は、寄生虫に感染した食肉を食べてから五十日以内。モーツァルトが亡くなったのは食べてから四十四日後。今の医学では旋毛虫症は診断が不可能です。死の原因となったのは私の作った“ポークカツレツ”だったのです」
サリエリ「そ、そんなことが……」
ミハエル「モーツアルトさんは故郷であるドイツの医学者との手紙のやり取りの中で自分が旋毛虫症だということに気がついていました。そうですよね。コンスタンツェさん」
  その言葉を合図にコンスタンツェが現れる。
スヴィ「コンスタンツェ……」
コンスタンツェ「彼の話は本当のことです」
  三人のところに歩み寄るコンスタンツェ。
コンスタンツェ「旋毛虫症の治療法はありません。病気のことを知ったモーツアルトは自分の死期を悟りました。しかし、病気のことが世間に知れればミハエルの料理人としての道が断たれてしまう。そう考えた彼は、病気のことを隠したんです」
スヴィ「そうだったのか」
コンスタンツェ「モーツアルトは病気のことがばれないようにと、検死解剖されないように死亡したらすぐに葬儀を行い、どこに埋められたか分からないように共同墓地に、墓石を立てずに埋葬してくれと、そして、病気のことが書かれた手紙はすべて処分してくれと私に頼みました」
  うなだれて話を聞くミハエル。
コンスタンツェ「ミハエルの料理には悪意はなかった……。主人の意思を尊重してこのことは公表しないでいただけないでしょうか」
  しばらく考えてスヴィーテン男爵が言う。
スヴィ「分かった。このことは私たちだけの秘密だ」
  ほっとするコンスタンツェ。
スヴィ「モーツアルトが命をかけて守った料理の腕。大切にしろ」
  深々と頭を下げるミハエル。
スヴィ「疑ってすまなかった」
  サリエリに誤るスヴィーテン男爵。
サリエリ「私のオペラも聴きに来てください。モーツアルトほどの才能はありませんが、経験はあります」
  
N「 “カフェ・フラウエンフーバー”はウィーン最古のカフェとして現在も営業中。
もちろん、名物料理は“ポークカツレツ”?」

END