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あらすじ

 就職会場。入り口でつまずいて、思いっきり面接官にダイブする川崎桃香。
 大学では、また面接に失敗したんだとうわさされる。面接官を病院送りにしたとも。
 みんな就職先は決まっていて自分だけまだだと不安になる。

 大学まで行かせてもらったのに、実家で農業を営む両親に合わせる顔がないと悩む。
 街を歩いていると、飛んできた紙が顔を覆い、そのままどぶに落ちる。
 なによーと怒って紙を見ると、探偵募集のチラシだった。

 美人女子大生探偵? などと勝手な妄想が膨らみ、行くしかないとすぐにその探偵事務所に駆け込んだ。
 赤羅京一郎がいて、元気のいい彼女を採用する。さっそく留守番をしていてと行って出て行く。どこへ行くのと尋ねると、これと言ってパチンコをする真似をする。
 事務所の前にはパチンコ屋がある。焦って呼び止めるが、京一郎は平然と行ってしまう。

 部屋に一人残り、ぶつぶつ言っていると、小松久実が現れる。
 浮気調査、尾行、などを想像した桃香だったが、久実の依頼は、「即席しる粉」を探して欲しいというものだった。
 戸惑う桃香。今では幻になった懐かしい昔のものを探す幻探偵でしょ? と言われて、初めて部屋の張り紙と自分の持ってきたチラシにそう書いてあることに気が付く。
 依頼があったことを、パチンコ屋までいって京一郎に告げる。しかし、適当に調査しといてと言われるだけだった。

 勇作を訪ね詳しい話を聞く。渡辺製菓というところが作っていたことが分かる。
 勇作には娘はいないと久実から聞いていたが、写真立ての写真から、娘がいたことを知る。娘とは二十五年くらい会っていないらしかった。
 桃香は勇作が長くないと聞いていたため焦って調査を始める。

 渡辺製菓を尋ねるが、会社は合併して無くなっていた。
 合併先の企業を訪問するも、もうしる粉は作っていないし、在庫もないと断られる。
 しかし、掃除のおばあちゃんに呼び止められ、彼女の家に行く。そこで押入れをごそごそ探すとしる粉が出てきた。

 喜んで、久実に報告に行く。そして、しる粉を作って差し出す。が、勇作は味が違うという。どうしてなの。やっぱり自分は何をやってもうまくできない。ごめんなさいとあやまると、京一郎が現れる。諦めるのはまだ早い、これを入れて作ってみろと白い粉を差し出す。粉を入れて作ったしる粉は昔食べた味と同じだと勇作を感動させた。
 秘密はチクロだった。日本では発がん性の問題で禁止されている添加剤。京一郎は中国から輸入された「黒梅」を裏ルートで手に入れ精製した。今では発がん性はないという研究結果が一般的で、中国などでは認可された添加剤だった。
 そして、久実が勇作の本当の父親だということも指摘する。

 京一郎は探偵事務所から出てくる久実を見てあることに気がついて娘だろうと思った。
 仕事を完了して帰る京一郎と桃香。やっぱり、わたし探偵にはなれないと弱音を吐く。
 君には探偵に一番重要な情熱と諦めない心を持っていると諭す。わたしを試すためにわざと突き放す態度を取っていたのだろうと思い直す。
 そういうことで留守番を頼むといってまたパチンコ屋に向かう京一郎。


・登場人物紹介

赤羅京一郎(32歳)
 幻探偵。するどい洞察力と観察力。
 パチンコ好き、暇があれば行く。
 一見、まったくやる気のない探偵。
 ジェームス・ディーンにあこがれている。

川崎桃香(21歳)
 大学は卒業できそうだが、就職先が決まっていない。
 天然ボケがすごすぎて採用されない。
 働くことへのやる気は人一倍ある。

小松久実(28歳)
 勇作の豆腐屋を手伝っている。
 娘同然にかわいがられている。勇作が昔食べたと言う渡辺製菓の「即席しる粉」を探して欲しいという依頼をする。
 実は勇作の実の娘、森美咲。がんこな父親だから、母が亡くなったから戻ってきたと言っても受け入れてもらえないと思い名前を変えて働いた。
 母は自分を育てるために働きすぎて亡くなったから自分が殺したも同然だと思っている。

森勇作(65歳)
 体の具合が悪く、寝込んでいる。
 もう何日かの命だという。最後のお願いに「しる粉」を頼む。
 分かれた妻との間に娘がいるが、二十五年も会っていない。

麗しの幻探偵

◎会社の就職面接会場。
  三人の面接官が次の面接者を待っている。
面接官A「次の方どうぞ」
  ゆっくりとドアが開き、川崎桃香が姿を見せる。
桃香「失礼しますー」
  緊張のあまり声が裏返っている。
  一歩踏み込んだとき、足がもつれてバランスを崩す。
桃香「あ、ああー」
  バタバタとよろけながら進んで、止まれなくなって面接官に飛びつく。
  ちょうどプロレスであるようなボディープレスのようになり、気が付いたら桃香の体の下で面接官が気を失っている。
桃香「あ、あら、えへへへー」

◎大学のキャンパス
  緑の多い綺麗なキャンパスを女性の学生が歩いている。
学生A「桃香、また就職試験だめだったんだってさ」
学生B「そうそう、面接官を病院送りにしたんでしょ。桃香には面接先の会社の便器を壊して水浸しにしたとか、社長のカツラを剥ぎ取ったとか、数々の武勇伝があるけど、あそこまで行くとドジを通り越して犯罪に近いわね」
学生A「かわいそうだけど、あんなトラブルメーカーを雇ってくれる会社なんて絶対無いわね」
学生B「だよねー」
学生A「そういえば、入社式で着るスーツなんだけど……」
  樹の陰でその会話を聞いていた桃香は、大きくため息をついて、
桃香「私ってなんでこんなにおバカなんだろう」
  とぼとぼと歩き出す。
  携帯が鳴る。
桃香「もしもし、ああ、お母さん」
母「前にも聞いたけど、就職活動はどう? 決まりそう?」
桃香「うーん、どうだろう。いくつか受けたけどまだ分からないわ」
母「楽しみね。お父さんも気にしてたわよ。ああ、そうそう、お父さんねえ、ジョギング始めたのよ。お腹が出てきたの気にしているみたい……」
桃香「はいはい、わたし急いでいるから。結果が分かったら連絡するね。じゃあね」
  携帯をかばんにしまう。
桃香「父さんも母さんも、面接の時の話したら倒れるだろうなあ。無理言って大学行かせてもらったのに……」

◎繁華街の裏通り
  桃香が下宿先のアパートに帰るために歩いている。
  一枚の紙が飛んできて顔を覆う。
桃香「きゃあ……」
  手で振り払おうとするが、巻きついて離れない。
  そうこうしている間によろよろと蓋の外れた側溝に近づいていく。そして、案の定、そこに落ちて足が泥まみれになる。
  やっと紙が取れる。
桃香「なによ。もう」
  顔から取った紙に目をやる。
  それは「探偵募集」のチラシだった。
桃香「探偵募集、経験がなくてもやる気があればOK、依頼人が君を待っている!」
  遠い目をして、
桃香「探偵かあ……」
   桃香の頭の中には、「お手柄、美人女子大生探偵、何事件を解決」という新聞の見出    しが浮かんでいた。
桃香「これよ。私が望んでいたのはこういう仕事。いままで入社試験に落ちたのはこの仕事にめぐり合うためだったのよ」
  ぐっと握りこぶしを作った。
桃香「行くしかないわ。住所は?」
  チラシを見て、住所を確認する。

◎赤羅探偵事務所
  オレンジジュースを飲みながら新聞を読む赤羅京一郎。
赤羅「そろそろ時間か」
  窓の外を見ると、十時になりパチンコ屋が営業を始めるところだった。
  ドアがノックされる。
赤羅「どうぞ。開いてるよ」
桃香「失礼します」
  一歩、踏み込んだところで足がもつれて、以前、面接官にやったように赤羅京一郎に向かってダイブする。
  赤羅は飛んでくる桃香の腕を掴むと、片足で軽く桃香のお腹を蹴り上げた。桃香は鉄棒の大車輪をするように一回転して見事に着地した。
桃香「すごい、わたし。ちゃんと立ってる」
赤羅「君は体操選手になりたくてここに来たのか?」
  はっとする桃香。
桃香「違います。えーと。探偵募集っていう紙切れ、いや、案内を見て……」
赤羅「わかった。もういい」
桃香N「しまったあ。また不採用だ」
  そう思ってがっかりする桃香。
赤羅「君、採用決定(ビシッと指を指しながら)」
桃香「そうよね。やっぱりドジな女なんか採用しないわよね。どうも、失礼しました」
  桃香はドアを開けて外に出た。
  少しして戻ってくる。
桃香「今、なんて言いました?」
赤羅「反応、おそっ」
桃香「採用って本当ですか?」
赤羅「俺は超一流の探偵だ。超一流ともなれば、人の目を見ればどんな人間か分かる。君のやる気をかって採用しよう」
桃香「ありがとうございます」
赤羅「じゃあ、早速だけど、留守番をお願いするよ。依頼人が来たら適当に話を聞いといて」
  ドアから出て行こうとする赤羅。
桃香「はあ? どこへ行くんですか?」
赤羅「これだよ。指の運動」
パチンコをする真似をする。
事務所の前にはパチンコ屋がある。
桃香「えっ?」
焦って呼び止めるが、赤羅は平然と行ってしまう。
部屋に一人残された桃香。
桃香「なによあいつ。やる気あるの? かっこだけつけちゃってさあ」
ぶつぶつ言っていると、二十代後半ぐらいの女性が訪ねてきた。
久実「こちら、赤羅探偵事務所?」
桃香「そうです。どうぞ入ってください」
  桃香は久実をソファに座らせ、お茶を出した。
久実「それで、依頼の件なんですが……」
  桃香はごくりとつばを飲み込んだ。
桃香N「夫の浮気調査? それとも子供が誘拐されたとか。いや、きっと密室殺人だわ。すべての窓の鍵が閉じられた部屋の中で、夫も子供も殺されていたのよ……」
いろいろ妄想が膨らんだ。
桃香「ようし、まかせて」
  気合を入れた。
久実「何か?」
桃香「いえ、どうぞ続けてください」
久実「昭和四十年ごろに渡辺製菓という会社が売り出していた即席しるこを探して欲しいんです」
桃香「はあ? しるこ?」
  拍子抜けする桃香。
桃香「ずっと昔に売っていたものを探せっていうんですか?」
久実「だって、こちらは、今では幻になった懐かしい昔のものを探す幻探偵でしょ?」
桃香「幻探偵?」
  慌ててさっきのチラシを確認する桃香。
  確かに、久実の言うとおり、「今では売っていない幻のものを探します」と書かれていた。
桃香「変な探偵……」
久実「変?」
桃香「いえ、いえ。なんでもないんですよ。詳しく話を聞かせてください」
  作り笑いをする桃香。

◎パチンコ店
  桃香が赤羅に歩み寄る。
桃香「女性から仕事の依頼がありましたよ。なんでも、その女性の働いている豆腐屋のおじいさんに、昔好きだったっていう即席しるこを食べさせてあげたいんですって」
赤羅「そのおじいさん病気なのか?」
桃香「えっ、そうです。もう長くないそうですよ。どうして分かりました?」
赤羅「出てきた依頼人の目に涙が見えたから、何か理由があるのだろうと思っただけさ。病気っていうのは勘だよ」
桃香N「ちゃんと依頼人のこと見ていたんだ……」
  心の中で少し感心した。
赤羅「この依頼、なにか裏がありそうだな。だけど、まあ、いいよ。君のほうで適当に調査して報告しておいてくれ」
桃香「わたしが一人で?」
赤羅「無理か?」
  目はパチンコ台にいったまま。
桃香N「なによこの人、何でもかんでもわたしにやらせて自分だけ楽しようっていうの? いや、待てよ。いくらなんでも、いきなり新人に一人で捜査させるなんておかしいわ。実はこれが採用試験でどこまでやれるか試すってことね。よーし、絶対合格してやる」
  急にやる気になって、
桃香「やってみます。とりあえず、そのおじいさんに会って話を聞いてきます」
  パチンコ店を出て行く桃香に軽く手を上げる赤羅。
赤羅「お、かかった。でるじゃない、この台」
  興奮してタバコを消す赤羅。

◎森豆腐店
  森勇作が布団で寝ている。
  その横に桃香と久実が座っている。
桃香「おじいさん。その即席しるこというのは普通のスーパーで売られていたものですか?」
勇作「ああ、たくさん売っていたよ。林家三平が『甘くてどうもすいません』ってテレビでコマーシャルをやっていたしねえ」
桃香「有名な食べ物だったんですね」
勇作「甘ったるい味でなあ。妻がよく作ってくれたんだ」
桃香「そう言えば、奥さんは?」
勇作「結婚して十五年目だったかなあ。新しい事業を成功させたくて家族をかえりみず働いていたら、他に男を作って出て行ったよ。二歳になる娘も連れてな。今はもう二十八歳になっているだろう。どうしていることやら」
桃香「あの写真がそうですか?」
  写真を指差した。
  写真には、勇作と生まれたばかりの娘を抱く妻が写っている。
勇作「娘も妻も、もういないものだと思っているよ。この久実さんは若いのに豆腐屋なんて大変な仕事を一生懸命手伝ってくれている。娘同然の存在だ。彼女がいてくれるから寂しくなんかない」
  照れるように顔を伏せる久実。
勇作「わしももう長くは生きられん。もう一度、あの味を味あわせてください」
桃香「分かりました。必ず見つけてきます」

◎森豆腐店の外
  帰る桃香を見送る久実。
桃香「あの……」
久実「何か?」
桃香「本当に奥さんと娘さんを探さなくていいんでしょうか? 勇作さんは会いたくないって言ってますけど、本当は違うんじゃないんでしょうか? 即席しるこだって奥さんとの思い出の食べ物のようですし」
久実「勇作さんが望んでいるのは、即席しるこだけです。余計な詮索はしないでください」
  強い口調にたじろぐ桃香。
桃香「わ、分かりました」
  遠ざかっていく桃香をじっと見つめる久実。

◎カネボウフーズ株式会社 食品研究所  
  工場の中にある研究所の前に立つ桃香。
桃香「やっと見つけたわ。渡辺製菓は昭和四十七年にカネボウハリス食品に合併されている。そして、それは今のカネボウフーズ株式会社のこと。研究所の人に頼んだら、当時と同じものを作ってくれるかもしれないわ」
  気合十分で研究所に入っていく桃香。
  しばらくすると、白衣を着た男の人に押されるように出てきた。
男「もう即席しるこは作っていませんし、四十年近く前の製品ですよ、在庫もありません。作れって言われても簡単にできるもんじゃないんですよ」
桃香「はあ……」
  二人のやり取りを清掃員のお婆さんが眺めている。
男「申し訳ありませんが、あきらめて帰ってください。今は別のもっとおいしいしるこが売ってるはずですよ」
  男は忙しそうに戻っていった。
桃香「待って、お願いします。一食分でいいんです。思い出の味をもう一度味わってもらいたいんです」
  急に走ったため、転んで膝を擦りむいた。
しかし、声は男に届かなかった。
桃香「どうしよう……」
  うずくまって悩む桃香。
お婆さん「即席しるこが必要なのかい?」
桃香「えっ?」
  驚いて見上げる。
お婆さん「あと二時間で仕事が終わるから、家に来なさい」
  お婆さんが何者なのか分からず、きょとんとして話を聞く桃香。

◎お婆さんの家
  お婆さんと桃香が向かい合ってお茶を飲んでいる。
桃香「そうですか。お婆さんは渡辺製菓の社員だったんですね」
お婆さん「若い頃から、甘いものが大好きでねえ。あの当時、いろいろなお菓子を買い集めていたんだよ。もちろん渡辺製菓の商品もね」
桃香「へえー……」
お婆さん「記念にと取っておいたのが冷凍庫にあると思うから、探してみましょう」
桃香「はい、お願いします」
  部屋の奥に置かれた冷凍庫。
お婆さん「開けるのは何年ぶりかしらね」
  開けると中にはぎっしりとお菓子が詰まっている。
  どれも懐かしいものばかり。
  二人で中を探す。
  しばらくして、
お婆さん「有ったわ。これね」
  袋を差し出す。まさしく即席しるこ『しるこの素』だった。
桃香「やったー、ありがとう。お婆さん」
お婆さん「確か最後に作ったのが昭和四十年代の後半だったと思うから、その頃のものだと思うわ。かなり前のものだけど、冷凍庫に入れてあったし、それは賞味期限があってないようなものだから大丈夫よ」
桃香「おじいさん、きっと喜ぶわ」
  自分のことのように感激する桃香。
お婆さん「あなた、優しいのね。おじいさんによろしく」
  
◎森豆腐店
  台所に立つ桃香と久実。
桃香「作り方は簡単」
  おわんを取り出す。
桃香「おわんに粉状の即席しるこを入れる」
  即席しるこをおわんに入れる桃香。
そして、火にかけたやかんを取る。
桃香「次にお湯をかけてかき混ぜるの」
  さっとお湯を入れ、箸でかき混ぜた。
桃香「よーし、できたわ。おじいさんに食べてもらいましょう」
久実「うん」
  二人はニコニコしながら、出来上がったしるこを勇作の所に運んだ。
  しるこを前に勇作は驚いた顔をした。
勇作「これだよ、これ。懐かしいなあ」
  匂いを嗅いで目を閉じる。
久実「速く食べてみて」
勇作「おうおう、そうだな」
  おわんと箸を持つ勇作。
勇作「いただきます」
  ゆっくりと口をつける勇作。
  味わうように目を閉じる。
勇作「こ、これは……」
  渋い表情をする勇作に、桃香が訊く、
桃香「どうかしました?」
勇作「これは違うな……、わしが食べてたのはもっと甘ったるい味がした。こんなまがいものの甘さじゃなかった」
桃香「甘さが違うってどういうこと?」
勇作「うまく説明できないが、とにかく甘みが違うんだよ」
  即席しるこ『しるこの素』の袋をしげしげと眺める桃香。
桃香「おじいちゃんが昔に食べていた即席しること同じものに間違いないのにどうして?」
桃香N「きっと古くなって味が変わってしまったんだわ。無理やりにでも頼んで研究所の人に作ってもらえばよかった……。わたし、やっぱりだめね……」
桃香「ごめんなさい。わたしがもっと……」
  そこまで話したとき、後ろから声が聞こえた。
赤羅「悩んでるみたいだな」
  驚き振り返る桃香。
桃香「赤羅さん……」
  桃香の隣に座る赤羅。
桃香「すいません……、ダメでした……」
  桃香の話を無視して、即席しるこの袋を取り上げる赤羅。
赤羅「即席しるこを見つけたか。初めての捜査にしては上出来だ」
  そう言って桃香の肩を軽くぽんと叩く。
  そして、赤羅は勇作に歩み寄る。
赤羅「ちょっとそのおわんを貸してください」
  勇作は何も言わずに、即席しるこの入ったおわんを渡した。
  赤羅はポケットから白い粉が入った小さなビニールの袋を取り出し、中の白い粉をおわんに振り掛け、箸でかき混ぜた。
桃香「え、なに?」
赤羅「これで食べてみてください」
  勇作は戸惑いながらも、赤羅に言われたとおりに食べてみる。
  全員がその様子をじっと見守る。
  すると、勇作の頬を涙がつたった。
勇作「この味だよ。まさしくこの甘さだ。舌に残る甘ったるさ、懐かしい」
  感激する勇作。
桃香「その粉を混ぜたら味が変わった。どういうこと?」
赤羅「これは、『チクロ』だ」
桃香「ちくろ?」
赤羅「チクロとは人工甘味料の一種だ。昭和三十年代、スエズ動乱で砂糖が値上がりしたために、ズルチンやサッカリンという安価な人工甘味料が食品添加物として使われた」
桃香「……」
赤羅「チクロの甘味は砂糖の四十倍くらいある。人工甘味料のなかでも値段が高いものだったけれど、砂糖に味が近いため菓子や清涼飲料に多用された。ズルチンなどは変な後味が残るらしい。だから、渡辺製菓の即席しるこにもチクロが使われていたんだよ」
桃香「でも、おかしいわ。わたしがもらってきたのも同じ即席しるこですよ。そのチクロっていう甘味料が使われているはずじゃないですか」
赤羅「それは、昭和四十年後半のものだろ?」
桃香「ええ」
赤羅「だったら、チクロが使われていることは有りえない」
桃香「どうして?」
赤羅「昭和四十三年にアメリカで、チクロには発ガン性や催奇形性の疑いがあると公表されたのさ。それを受け、昭和四十四年十一月に食品添加物の指定から削除され使用禁止となったんだ。だから、それ以降に作られた即席しるこにチクロが入っていることはないんだよ」
桃香「そうだったんだ……」
赤羅「勇作さんが食べていたころはチクロが入っていたんですよ。だから、その即席しるこの味には物足りなさを感じたってことです」
桃香「で、でも、使用禁止の添加物を食べても大丈夫なんですか? いま入れてたけど……」
赤羅「その後いろいろ研究され、今では発がん性はないと結論付けされている。日本ではいまだに禁止されているけど、ヨーロッパや中国では、許可された添加物だよ。だから、まあ、食べても大丈夫でしょう」
桃香「そうなんだ」
赤羅「最近、中国から輸入された『黒梅』の添加物にチクロが使われていたっていう事件があってね。このチクロは、その黒梅を裏ルートで手に入れ、チクロだけを精製したものさ。もちろんチクロを精製して食べたっていうのは秘密にしておいてくださいよ」
  赤羅のことを尊敬の眼差しで見つめる桃香。
久実「赤羅さん、どうもありがとうございました。たった数日で仕事をこなすなんて、さすが超一流だと言われるだけのことはありますわ」
赤羅「まだ、終わってませんよ。ねえ、久実さん、いや、森美咲さん」
  一瞬、全員が息を呑んだ。
桃香「森美咲さんって、行方のわからない勇作さんの娘さんのことじゃないですか」
赤羅「そう、二十五年前、美咲さんは母親と家を出てある男と生活していたが、しばらくして男は出て行き、母親と二人暮しなった。そして、美咲さんが高校を卒業した頃、母親は亡くなったんです」
勇作「佳代が亡くなった?」
赤羅「彼女は働きながら十年近くかけて父親を探し出した。そして、会社を辞め、正体を隠し、父親の仕事を手伝い始めた。違いますか? 美咲さん」
  焦りの表情を浮かべる久実。
  しばらくして、観念したように口を開く。
久実「赤羅さんの言う通りです。二人暮しになってからは、母はわたしを育てるために必死に働いていました。それこそ、朝から晩までです。そして、わたしの就職が決まり、これからは母を助けてあげられると思った矢先、過労がたたって亡くなったんです。私が殺したようなものです」
  泣き出す久実。
久実「母が亡くなってから、父のことが心配になったんです。一人でどうしているのだろうかと。探し出して、生きていることが分かったときはほっとしました。しかし、幼かったとはいえ家族のために苦労していた父を残して出て行った身、娘だと名乗り出るわけにはいきませんでした」
  じっと話を聞き入る桃香。
久実「好都合なことに、父と別れたのはわたしが三歳のとき、二十五年近く経った姿なら名前さえ変えれば、気が付かれることはありません。だから、小松久実として近づいたんです」
赤羅「そこまでして、父を助けてやりたかったと?」
久実「はい」
  久実は勇作に頭を下げた。
久実「お父さん、すみませんでした」
勇作「何か勘違いしてないか?」
久実「えっ?」
勇作「わしはとっくにおまえが美咲だということは気が付いていたよ。本物の親なら、何年会っていなくても一目で我が子だと分かるものだ。即席しるこの味の違いを見分けられたようにね」
久実「じゃあ、どうしてわたしを追い返さなかったんです? なにをいまさら戻って来たんだと思わなかったんですか?」
勇作「わしももう六十後半だ。二十五年前のことなど覚えてないよ。長い旅に出ていた娘が帰ってきた。ただ、それだけのことだよ」
久実「じゃあ、これからも一緒に暮らせるの?」
勇作「もちろんだよ。お前の帰る場所はここしかないだろ?」
久実「あ、ありがとう。お父さん」
  感激して泣き崩れる久実。

◎探偵事務所への帰り道(夕)
  赤羅と桃香が並んで歩いている。
桃香「どうしてあの二人が親子だって分かったんですか?」
赤羅「前にも言ったけど、彼女が事務所を出たときに見せたあの涙だよ。超一流の探偵ともなれば、依頼人が油断したときに見せる表情一つから多くの情報を読み取るものさ。そして、怪しいと思ったことはとことん調べてみる。それが真実に近づく近道さ」
桃香「わたしは探偵失格ですね。結局、何もできなかった。チクロにも、親子だってことにも気が付かなかった……」
赤羅「探偵にとって一番重要なのは、真実を見つけたいという情熱と最後まで諦めない心だ。君はそれを持っている。情熱と諦めない心があったからこそ、わたしも見つけられなかった即席しるこを見つけられたんだろ?」
桃香N「そうか、やっぱり、今回の依頼の捜査をわたし一人にやらせたのは試験だったんだ。決してサボりたかったわけじゃないんだわ」
赤羅「君にならパートナーとして安心して仕事を任せられる」
桃香「はい、期待に応えられるよう、がんばります」
赤羅「そういうことだから、また留守番を頼むよ」
桃香「えっ?」
またパチンコ屋に向かう京一郎。
桃香「留守番って、まさか、わたしを雇うのは自分がサボりたいだけってことなのー? 待て、こらー」

END